第4話 偶然、英雄が生まれた日
昼を少し過ぎた頃。
リベリスの町外れでは、前日の山の爆発で崩れた堤の先に、新しい石橋の橋脚を補強するための工事が進められていた。
水は上流で止められており、用水路の底は乾きかけた泥が残るだけ。
職人たちは、明日の通水に備えて橋脚まわりの補強枠を外す作業に移るところだった。
カケルとルシアナも低級冒険者として、このギルドの依頼を受けて参加していた。
「石橋の橋脚補強は一応完成した!こっちは枠の残材まとめとけ!」
「了解!」
作業の合間、風が一瞬止まった。
次の瞬間――
上流から、轟音とともに濁流が押し寄せてきた。
「な、なんだ!? まだ堰は開けてないはずだろ!」
職人の叫びをかき消すように、泥水がうねりを上げた。
泡立つ水面の奥から、銀青の鱗が閃く。
淡水の邪竜。
火竜による森林災害に伴う土砂崩れで、上流の湖から流されてきた魔獣が、用水路を下ってきたのだ。
「町に突っ込むぞ!」
堤の上からそれを見たカケルが叫ぶ。
「……洒落になってねぇな」
邪竜の長さは二十メートルを超え、流速と合わさってまるで生きた暴流そのものだ。
町の前まで行けば、木造の水門などひとたまりもない。
「討伐はだめです! また負債が――!」
ルシアナが叫ぶ。
「分かってるよ。止めるだけだ」
カケルは視線をめぐらせた。
橋脚のやや上流側に、丸太・補強板・土嚢・鉄製の枠材などの資材が積まれていた。
そして、一本の丸太杭が資材置き場の中心を押さえる板柵を支えていた。
それが抜ければ押さえられていた板柵が外れ、積まれた資材が用水路に落下するだろう。
「……偶然の杭抜け」
カケルはつま先で軽く地面を蹴った。
杭が垂直に飛び跳ねて外れ、板柵が倒れ、積まれていた資材が用水路に滑り落ちる。
それらが濁流に巻き込まれて橋脚の根元へ。
橋脚の元に転がった鉄枠が水の勢いで立ち上がり、丸太と板を押し上げる。
瞬間、資材の群れが橋脚の下で絡まり、檻のような構造を形成した。
水の流れが檻にぶつかり、濁流が巻き上がる。
そのタイミングで――邪竜が突っ込んだ。
ドンッ!
橋脚が震えた。
邪竜の頭部が偶然その“檻”の隙間に挟まり、身動きが取れなくなった。
橋脚と資材の間で鱗が軋み、泥水が爆ぜる。
誰もが息を呑む。
まるで計算された罠のように、奇跡の一撃が決まった。
濁流は檻の隙間から抜け、邪竜のみが捉えられた状況となった。
だが、長くはもたない。
邪竜が体をよじり、拘束が少しずつ外れていく。
「くそっ、もう少し暴れたら資材が外れて町に行っちまう!」
職人たちが後ずさる中、若い冒険者が飛び出した。
――グレン・アルファード。
露天の老婦人がチンピラに言いがかりを付けられていた時に庇った若者だ。
「今のうちに止めるしかない!」
「待て! C級でも無理だ!」
止める声も聞かず、グレンは身に着けていた短剣と共に橋の上から飛び降りた。
その目には恐怖ではなく、守る覚悟の光が宿っていた。
カケルはその背中を見ながら、苦笑した。
「……良いね、正義感の塊」
「止めないんですか!?」
「止めたら“勇気”が生まれないだろ」
インベントリを開き、光の中から一本の大剣を取り出す。
――神話級 聖剣 双雷破剣。
竜種の頸骨さえ断つ、雷を宿す剛剣。
カケルはそれを高く放り投げた。
光を放ちながら舞い上がった大剣は、橋の上を越えて――
グレンの足元に、鞘ごと突き立った。
どこからともなく響く声が風に混じる。
「――神から贈られた剣だ。それを使え!」
グレンはその言葉を聞いた瞬間、迷いを捨てた。
大剣を両手で掴んで鞘から抜き、腰を沈め、跳ぶ。
白い閃光が空を切り裂く。
刃が鱗の隙間に突き立ち、稲妻のような衝撃が走った。
――ドォンッ!!
用水路底面の泥が爆ぜ、邪竜の首が切り離される。
橋脚の元にゴロリと転がり、体もやがて動きを止める。
沈黙。
次いで、歓声が爆発した。
「やった!」「助かったぞ!」
職人も回りの人々も泣き笑いし、グレンは膝をついて剣を見つめていた。
その光景を遠くから眺めながら、カケルの目の前にウィンドウが浮かぶ。
《感情発生:安堵1,500,000 ルーメ》
「……完璧な“偶然”だな」
「彼、英雄になっちゃいましたね」
「もちろん、主役は奴だ」
そのとき――
堤の下で、ぽこん、と泡が弾けた。
「……今度は何だ?」
水面に、半透明の球体が浮かんでいる。
ぷるぷる震えながら、カケルのほうへ近づいてきた。
「スライム……? でも、でかい!」
「災害級のビッグスライムです! 近寄らないで!」
「いや、見ろ――怯えてる」
カケルはしゃがみ込み、穏やかに手を差し出す。
「大丈夫だ。もう暴れる奴はいない」
スライムは一度だけ小さく跳ねて、ぺこりとお辞儀したように沈んだ。
淡い光が体内に広がる。
《テイム成功:ビッグスライムがあなたに従いました》
《感情発生:絆・安堵50,000 ルーメ》
「……こいつ、助けを求めてたのかもな」
「仲間入り、ですか?」
「まあ、“偶然”そうなった」
スライムが小さく掌サイズになり、ころころ転がってカケルの靴先に寄り添う。
「よし、お前の名前は……ミュコだ」
「ミュコ?」
「“ミュ”っていう、音の響きが柔らかいだろ」
「……悪くないです」
ミュコが小さく跳ね、夕陽を反射した。
その光が、ミュコを中心に小さな虹を描く。
「英雄が一人、仲間が一匹。借金は……微減」
「地味ですね」
「地味でいいさ。長く続く物語に向いてる」
風が用水路を渡り、ミュコがぷるんと鳴いた。
その音は、今日いちばん穏やかな風音になった。
明日も投稿します。
次の話で、英雄が理不尽な目に遭ってしまいます、がどうなるのでしょうか?
お楽しみに。




