第37話 南からの報せと、留守番の約束
憤との死闘から、いくばくかの日が過ぎた。
昼どきの《前借亭》は、またいつもの喧騒を取り戻していた。
「フィン、このシチュー二つ、奥のテーブルね」
「はいっ!」
フィンが軽やかに皿を運び、
カウンターの奥ではルシアナが手際よく飲み物を用意している。
「ボビン、裏の薪、もう少し割っておいてくれ」
「……了解」
店の外からは子どもたちの笑い声。
カケルの肩では、スライムの小玉――ミュコが「ぴゅい」とあくびをした。
(……平和だな)
カケルはカウンター越しに広がる光景を眺めながら、
わずかに目を細めた。
そこへ。
ガラッ!
「カケルさん、皆さん! ギルドから緊急のお知らせです!」
勢いよく扉を開けて飛び込んできたのは、
冒険者ギルド・リベリス支部の受付、ノエルだった。
「ノエル? そんなに慌ててどうしたの?」
「本部から“南方”に関する緊急報告が届きました!」
ノエルは肩で息をしながら、一通の封書を掲げる。
「ウェルダ熱帯林圏――あの南方の大森林からです!」
店内の空気が、すっと引き締まった。
◇
人の出入りが一段落したころ、
四人と一匹は店の一角に集まり、ノエルの話に耳を傾けていた。
「まず……南方からの交易キャラバンが、ほぼ壊滅状態で戻ってきました」
「壊滅?」
グレンが顔を上げる。
「ウェルダ街道を進んでいたところ、
突然、季節外れの豪雨と突風に襲われたそうです。
橋が増水で流され、護衛の半数以上が負傷。
隊長は今も行方不明です」
ノエルは眉を寄せ、報告書の一節を指でなぞる。
「さらに――霧の中から猿の群れが出現。
動きが著しく乱れており、姿が揺れて眼の光が異常であり、
危険と判断された、と。」
「……何かの影響を受けて猿型霊獣の大規模移動、ってことか」
カケルが呟く。
「はい。
その後も、ウェルダ街道の見張り塔が落雷で倒壊したり、
数時間ごとに晴れと豪雨が入れ替わるなど、
気候が“狂ったように”変化していたと」
「南方の交易は?」
ルシアナが尋ねる。
「ほぼ止まっています。
薬草や香辛料など、リベリスにも影響が出始めています」
ノエルは最後の一枚を広げた。
「そして……本部が派遣した《ウェルダ調査隊》が、消息を絶ちました」
フィンが小さく息を飲む。
「調査隊は、森の中から上がる光の柱を確認したあと、
『風が笑っているような音が近づいてきている』と報告し……
それを最後に、通信が途絶えたそうです」
その言葉に、ルシアナの瞳が細くなる。
◇
「で、本部はどう見てるんだ?」
カケルが尋ねると、ノエルは少しだけためらってから答えた。
「古文書班が、過去の記録を引っ張り出したそうです。
“かつて南方の森で、季節の周期が崩れ、
霊獣が一斉に動き出した”という記述が見つかったとか」
ノエルは紙をめくり、読み上げる。
「《湿りすぎた森に、狂躁の波が走るとき、
空と大地の拍子が乱れ、
封じられし“四つの柱”の一つが目覚める》」
「四つの柱……」
グレンがつぶやく。
「はい。
本部は、これが“四魄柱《狂》”の封印が緩んだときの記録だと見ているようです。
今回の現象は、その文献と酷似していると」
全員の視線が、自然とルシアナへ向かった。
ルシアナは、少しだけ周囲を見回し、
カケルの方へ身を寄せると、小声で囁いた。
「(本部の判断は、概ね正しいと思うわ)」
「(やっぱり、狂か)」
「(憤が消えたことで、四魄柱を繋いでいた“封印枷”つまり封印を地脈に固定している“杭”のようなものね。それが緩み始めてるんだと思うわ。
最初に動くのが、いちばん“外側”にいた狂――
ウェルダの森に封じられた柱ね)」
「(あの気候の乱れと、霊獣の移動……)」
「(躁気よ。
怒りとは違って、“生物のテンポ”を狂わせる波。
今回の異変は、どう見ても狂の仕業。ほぼ間違いないわ)」
ルシアナはそこまで言うと、ノエルの方を見て、
いつもの落ち着いた口調に戻った。
「……本部は、私たちに何を求めているの?」
ノエルは深く頷き、正式な言葉で告げる。
「本部からの通達にはこう記されています。
『四魄柱《憤》を討伐した冒険者チーム、
および南方担当上級チーム《碧牙の矛》が協力し、
ウェルダ熱帯林圏の異変調査と、
必要に応じた封印・討伐を行え』――と」
「碧牙の矛……
森林踏破の専門家のリーダー・アニス、
バーサーカー系のアタッカー・ドラン、
斥候でトリックスター・リュート。
今回の依頼に合っているな」
グレンが腕を組む。
「本部でも名の知れた上級パーティです。
名前の通り先頭に立って突破し、鋭い攻撃で道を開いてくれると思います」
とノエル。
フィンがそわそわしながら口を挟む。
「そんなすごい人たちと、一緒に行くんですか……!?」
「ええ。
本部も今回の件は、スヴァレ村以上の規模と見ています」
ノエルは深々と頭を下げた。
「どうか……今回も力を貸していただけないでしょうか」
◇
沈黙を破ったのは、フィンだった。
「僕……行きたいです」
ぎゅっと拳を握りしめ、まっすぐに言う。
「憤のとき、皆に助けてもらいました。
今度は、困っている人たちのために、
もっとちゃんと役に立てるようになりたい」
ボビンも短く言葉を添える。
「俺も行く。
森が狂えば、守るべき場所も増える。
盾の出番だ」
「しゃーねぇな」
グレンが笑った。
「憤の時はみっともない姿を見せちまったし、挽回したい。
強い連中と組むのも悪くない。
南の森ってのも、見てみたかったしな」
視線が、最後にカケルへ向く。
「カケルさんは……?」
フィンが不安そうに尋ねる。
「決まってるだろ」
カケルは肩のミュコをひょいと持ち上げて笑った。
「どうせ俺が居ないと、話がこじれて面倒なことになる。
だったら最初から行って、適当に“偶然”を起こしてくるさ」
「ぴゅい?」
ミュコが小さく鳴き、カケルの指にかじりつく。
その様子を見て、フィンがはっとした顔をした。
「……ミュコは?」
「ああ」
カケルは腕の中のミュコを見つめ、少しだけ真面目な声になる。
「ウェルダは、天気も魔獣も荒れてる。
今回も連れて行くには、ちょっと危険すぎるな」
「……そうですよね」
フィンの肩がしゅんと落ちる。
ミュコはそんな様子を見て、フィンの膝へぴょんと飛び移った。
「ぴゅ、ぴゅい」
「ミュコ……」
ノエルが一歩前に出る。
「もしよろしければ、ミュコちゃんはギルドでお預かりします。
前借亭の管理も含めて、本部から正式に費用が出ますから」
「ギルドで?」
「はい。
飲食店としてギルド指定の施設ですし、
留守の間、掃除や食材管理なども対応させていただきます。
何より、ミュコちゃんのパンを楽しみにしている人たちが多いですから」
ルシアナが小さく笑った。
「つまり、“拠点を守る任務”ね。
いいじゃない、ミュコ。立派な留守番任務よ」
「ぴゅ……」
ミュコはしばらくフィンの顔をじっと見つめ――
やがて観念したようにノエルの腕の中へ移動した。
「ぴゅい!」
“任せろ”と言わんばかりに鳴く。
「ミュコ……僕たち、ちゃんと帰ってくるから」
フィンがその頭を撫でる。
「ぴゅ」
短い返事に、皆の表情が少し柔らかくなった。
《感情発生:決意・覚悟 1,800,000ルーメ》
こうして――
四魄柱《狂》が蠢き始めた南方、
ウェルダ熱帯林圏へ向かう旅の準備が、静かに動き出した。
嵐と笑い風の森で、
彼らを待つものが何なのかを、まだ誰も知らない。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
そして、お読みいただきありがとうございます!
いよいよ新章、第3章「南方編」のスタートです。
今回は冒険者ギルドからの緊急依頼、そして上級パーティとの共闘という流れになりました。
ミュコはお留守番ですが、あの「ぴゅい!」(任せろ!)というドヤ顔が目に浮かびますね 。
次回、南方担当の上級パーティ《碧牙の矛》との顔合わせです。
果たしてうまくやっていけるのか……?
引き続き、応援よろしくお願いいたします!




