第33話 憤の間 ― 怒りが試す心 ―
黒霧に染まった廊下を進むほど、
脈動は強くなっていった。
ドクン……
ドクン……
ドクン……
心臓の鼓動ではない。
怒りそのものが脈動している。
「……これ、やばい……
近づくだけで胸が苦しくなる……」
ミレイユが額を押さえる。
「ここまで濃いの、初めてだわ……」
ルシアナも眉を寄せた。
フィンは震えながらも前を見据えている。
ボビンは無表情、だが盾を握る手は僅かに強かった。
そしてグレンも――
さっきの“怒気暴走”が嘘のように落ち着いていたが、
「……カケル、後でいろいろ話あるからな」
まだ少しムッとした顔のままだった。
「落ち着けよ……絶対怒気の残りカスだろ、それ」
「だといいけどな……!」
脈動の源となっている部屋の手前には、
黒鉄の巨大な扉がそびえていた。
扉自体が脈打っている。
まるで“怒りの肉塊”のように。
ミレイユが震える声で言った。
「ここが……四魄柱《憤》の間……」
「開けるぞ」
カケルが手をかざすと、
ギギ……ギィィィィィ……
扉は内部から“押し出されるように”開いた。
そこにいたのは――
巨大でも派手でもない。
ただ、
黒い霧の玉座に腰掛け、
ゆっくりとこちらに視線を向ける “人影” だった。
だが、その“視線”を浴びた瞬間――
胸の奥が焼けるように熱くなる。
「っ……!!」
ルシアナが思わず膝をつく。
(これが……憤の“怒気”……!?)
怒りという感情そのものが
直接心へ手を突っ込んでくるようだった。
憤は、低く、重く呟く。
「……ヨク来タナ……小サキ者ども……」
声に怒気が混ざり、
場の空気が波打つ。
「貴様ラガ……我ガ怒りノ集積ヲ……乱シ……
“黒怒ノ従者”を……落トシタカ……」
その言葉だけで――
フィンの心に黒い霧が入り込んできた。
「っ……あ……!」
フィンは胸を押さえ、震えた。
「フィン!!」
ミレイユが支える。
憤の声が、心に直接響く。
『裏切ラレタコトハナイカ……?
軽ンジラレタコトハナイカ……?
怒ッタロウ……?
忘レテイナイダロウ……?』
怒りを“思い出させる力”――
その誘惑が、心をじわじわ侵してくる。
「フィン、振り払え!!」
カケルの声が遠く聞こえる。
だが、憤の囁きは続く。
『キサマノソノ力……誰モ認メナカッタ。
誰モ見テイナカッタ。
怒レ……フィン……』
「違う……ちが……っ!!」
フィンの目に涙がにじむ。
グレンもまた、額を押さえてふらりと膝をつく。
「う……ぐっ……
ま、また……ムカついてきた……!」
「おいおい!! またかよ!!」
カケルが叫ぶ。
憤の声がグレンの心へ突き刺さる。
『己ノ無力……思イ知ッタハズダ……
憤ノ怒りニ……聖剣スラ飲マレタ……』
「……くそっ……!
黙れ!!」
憤がカケルへ視線を向け、
心をえぐるような声で囁いた。
『キサマ……己ノ力ヲ隠シ……
嘲笑ワレ……恐レラレ……
本当ハ怒ッテイルノダロウ……?』
ほんの一瞬、
カケルの表情に陰が差した。
フィンが叫ぶ。
「カケルさん……!!」
しかし――
「……バカ言えよ。」
カケルはゆっくりと、
まるで散歩にでも行くかのように憤へ歩み始めた。
「俺が怒るのはな。
もっとくだらねぇ時だけだ。」
その“無頓着な歩み”に、
憤の目が――わずかに見開かれた。
「……!?
ナゼ……オ前ハ我ノ“怒気”ノ影響ヲ……受ケヌ……!?」
憤の声に、確かな動揺が混じった。
カケルは肩をすくめ、
あっけらかんとした表情で言い放った。
「そりゃあ俺、
お前ら四魄柱のボス――
ラグナ=ヴェルズを“倒したことになってる”からな。」
憤の紅い眼が大きく見開かれた。
「…………嘘ヲ……吐クナ。」
言葉は強い。だが、その声は――震えていた。
(確カニ……ラグナ=ヴェルズ様ノ気配ハ……
目覚メタ時カラ無イ……?
バカナ……有リ得ナイ……!)
憤の怒気の波が、一瞬だけ乱れる。
「……あ……れ……?」
フィンが胸を押さえたまま、視線がクリアになっていく。
「グレン! 落ち着いて!」
ルシアナが叫ぶと、
「うっ……お、俺……また怒ってた……?」
グレンも正気を取り戻していた。
黒霧の鎖がほどけるように、
仲間たちの心に“自由”が戻ってくる。
その隙を見逃さず、
ミレイユが前に飛び出した。
「全員、聞いて!!」
怒気が渦巻く玉座の間で、
彼女の声がはっきりと響く。
「いま憤の怒気の“流れ”が乱れたわ!
あの乱れはチャンス――
怒気の流れに“通り道”を作る絶好のタイミングよ!」
「通り道……?」
グレンが呟く。
「そうよ!
さっきカケルさんが作った“風路”、
フィンが突き抜けた“怒気の筋”。
あれを本物にすれば――」
ミレイユは憤を指さした。
「あの怒りの心臓まで、逆相の刃を通せる!!」
その言葉に、仲間たちの表情が一斉に引き締まる。
貴様ァァァ……!!
ラグナ=ヴェルズ様ヲ……侮辱スルカ……!!」
憤が立ち上がり、
怒気が“嵐”となって部屋中に吹き荒れた。
「来るぞ!!」
カケルが叫ぶ。
グレンが聖剣を構え、
フィンが短剣を握り直し、
ボビンが盾を突き出し、
ルシアナが魔術式を組み立て、
ミレイユが怒気の流れを解析する。
いよいよ、憤との最初の衝突が始まる――。
精神攻撃、カケルには無効でした(ラスボス倒してるので)。 しかし、物理も魔法も通じない相手にどう戦うのか?
ミレイユが見出した勝機。そして、あの「不良品魔道具」が火を噴く!?
次回、決着!! 「怒気返し」が炸裂します!
年末の今日、第2章の最終話36まで一挙投稿します。
お楽しみに。




