第32話 憤へ向かう前に
屋敷の奥へ向かう廊下は、
黒霧が薄く漂い――
憤の本丸がすぐそこだとわかるほど空気が重かった。
ドクン……
ドクン……
ドクン……
「……この脈動、やばいレベルね」
ルシアナが眉をひそめる。
「気ぃ引き締めていくぞ」
カケルが言った、その瞬間――
「お、おーい……みんな……待ってくれぇ……」
遠くから、弱々しい声がした。
「え? この声って……」
「グレンさんだ!!」
フィンが喜び、駆け出した。
廊下の奥から現れたのは――
いつもの堂々たる勇者とは似ても似つかない姿だった。
「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……
な、なんかムカつく……イライラ?する!」
「グレン!? 大丈夫か!?」
カケルが駆け寄る。
しかし近づいた瞬間――
「どけよカケル!!
お前のその……落ち着いた顔!!
ムカつくんだよぉぉぉ!!」
「えぇぇぇぇぇ!!?」
全員が後ずさった。
胸には王都から持ってきた“怒気除け魔道具”がぶら下がっていたが――
グレンの頭部には黒霧がまとわり付いていた。
「……それ、全然効いてないじゃん!!」
ルシアナが叫ぶ。
「うぅぅぅっ……!
“王立魔導工房製・怒気遮断ペンダントVer.3”……
嘘つきだぁぁぁぁ!!」
「完全に怒気に呑まれてる!!!」
ミレイユが後ろに隠れる。
「なにあの魔道具。怒気を遮断って、
魔道具が怒気を反射するのは良いけど、
反射された怒気がグレンの頭部に向かって集まってるわ。
逆効果よ」
「なんで置いていったんだよぉぉ……!
待ってって言ったのにぃぃ……!!」
「いや、俺たちはグレンは後から合流って聞いて――」
カケルが説明しようとすると、
「その説明口調がムカつくんだよぉぉ!!」
「理不尽すぎ!!!」
フィンが泣きそうに震えた。
グレンは続けて、ルシアナに向かって――
「ルシアナぁぁ……
君のその“冷静な目”が!!
なんか今日すっごいムカつくぅぅぅ!!」
「ムッ!やかましいわよ!!
こっちもあんたの湿気った怒気の方がムカつくわ!!」
「ふああああ!?!?」
勇者と元女神の口喧嘩(?)が始まる。
「フィン!
なんだその……可愛い顔!!
ムカつくんだよおおおお!!!」
「ひいいいいぃ!!?」
フィンが全力で逃げ回る。
「誰だか知らないアンタ!(ミレイユとは初対面)
お前の髪!
さらさらしててムカつくんだよおお!!」
「えぇぇぇ!?
髪に怒ることってある!?」
「あるんだよ!!!
めちゃくちゃムカつくんだよぉぉぉ!!」
「知らないわよ!!??」
ミレイユが泣きそうになった。
ドタバタと仲間たちが逃げ惑う中、
ボビンだけは表情を変えず一歩前に出た。
「……」
腰から静かにレイジポットを外す。
「ボビン? なにする気!?」
ルシアナが息を飲む。
グレンはまだ怒り狂っていた。
「ボビィィィン!!
お前のその無表情!!
ムカつ――」
言い終わる前に。
ガコンッ!!
ボビンは無言でレイジポットをグレンの頭に被せた。
「 muffu!?!? んがっ!?!?!?」
しかし、ポットの重さでグレンはその場にしゃがみ込む。
「入った!!!」
フィンが叫ぶ。
「頭のサイズぴったり!!!」
ミレイユが驚愕する。
中で怒気が吸い取られ始め――
ポットの口から“黒い霧”が、
ゴォォォ……と音を立てて吸引された。
「ぐ……ぐぐぐ……
…………あれ?
俺……なにしてたんだ……?」
グレンがポットを外して地面に置き、正気に戻った目で周囲を見る。
「よかった……戻った……!」
ルシアナが心底ホッとし、魔道具を首から手早く取り、自分の鞄にしまう。
「ボ、ボビン……助かったよ……ありがとう……」
グレンが頭を下げると、
「……ぬるい」
ボビンはそれだけ言った。
「いや、ぬるくない!!
今のは完全にグレンの恩人!!!」
フィンがツッコんだ。
怒気が吸われたことで、
廊下の黒霧が目に見えて薄くなる。
「みんな……すまなかった……
怒気に呑まれて、何もかもムカついて……」
「いつもムカついてるでしょ」
ルシアナがぼそっと言い、
「いまのは怒気のせいだよ!!?」
グレンが真っ赤になって反論した。
ミレイユは前を向きながら言う。
「でも、これで全員揃ったわ。
憤に挑むには……この戦力が絶対必要。」
「行こう」
カケルが歩き出す。
仲間が続く。
ドクン……
ドクン……
ドクン……
その脈動は、確実に“中心”へと近づいていた。
「ここが……憤の間だ。」
いよいよ、
四魄柱《憤》との最終決戦が膜を開ける――。
勇者グレン、まさかの状態で合流でした。
ボビンの壺が無ければ大変でした……。
さあ、役者は揃いました。
扉の向こうに待つのは、四魄柱《憤》。
いよいよ第2章クライマックス、ボス戦です!!
次回、第33話「憤の間 ― 怒りが試す心 ―」。
明日も投稿いたします。
決着の瞬間を、お見逃しなく!




