第31話 上級手下 “黒怒の従者”との戦闘
屋敷の奥は、外とは違う静けさに満ちていた。
だがその静けさは“落ち着き”ではなく――
怒りが凝縮され、動かなくなった沼のような静寂だった。
黒霧の中央で、影がゆらりと立ち上がる。
「……ニンゲン……」
赤黒い目。
胸には“怒気の心臓”が脈打ち、
皮膚の外側に黒霧がまとわりつく。
「憤の上級手下……“黒怒の従者”……」
ルシアナの声がかすかに震える。
「怒リ……奪ワレタ……
許サナイ……」
従者の声とともに、広間が震えた。
「来る!」
従者が腕を広げた瞬間、
怒気が 衝撃波 となって前方へ飛んできた。
ドッ!!
ボビンが盾を構える。
ガギィィィンッ!!
床石が砕け散り、広間に破片が降り注ぐ。
「……ぬるい」
「待って、ぬるくない!!
建物全体が揺れたよ今!!!」
フィンが泣きそうに叫ぶ。
従者が動くたび、
怒気が床に黒い粉片“フレーク”となって落ちて行き、床一面に広がり始めた。
ミレイユは目を細めた。
「このフレーク……怒気の凝固片だわ……!
触れるだけで正気が持っていかれるやつ!!」
「ってことは近づけねぇってことか」
カケルが肩を回す。
「ええ、フィンは特にダメよ。敏感だから」
「ひえっ……!」
従者は胸を握りしめ――
「怒気……守ル……!」
黒い霧が従者を包み込み、
薄い“怒りの壁”が覆った。
「これじゃレイジポットも効かない……
怒気の膜でポットに向かう怒気が遮断されちゃうわ!」
ミレイユが焦りの声を上げる。
その時、カケルが従者から距離を取ろうと後ずさりするが、
床に散ったフレークの上を――滑った。
「うおっ……!」
倒れそうになりながら、
足の裏にあったフレークの塊を従者に向けて舞い上げる。
パラパラパラパラッ!!
黒い粉が風に乗り、従者の顔へ舞い散った。
「……!?」
従者の怒気の流れが一瞬乱れ、
怒気の膜が乱れる。
「効いてる……!?
フレークが怒気に反応してる!!!」
ミレイユが叫ぶ。
「おいおい……偶然舞い上げただけなんだけど……」
カケルは頭を掻いた。
「そっか……!
怒気同士が“逆相”でぶつかれば、
乱れが生まれてダメージになる……!!」
「つまり?」
ルシアナが問う。
「もっとたくさんフレークぶつければ、
あいつの怒気の膜に“相殺”を起こせる!!」
「フレークぶつけるって、触れもしないのに……そんなに上手く……?」
フィンが不安げに言う。
「まあ、そんな事態も生じたりすることがあるだろうさ」
カケルが軽く手をかざした。
「出ろ、“偶然のつむじ風(やや強風)”。」
ゴォォォオオオオオッ!!
突如、小規模な竜巻のような風が発生し、
床の黒霧フレークを一気に巻き上げた。
「ちょっと待って!?
絶対偶然じゃない!!!」
ルシアナが勢いよくツッコむ。
「いや、たまたま手を動かしたら風が吹いただけだ」
「それはもう魔法だから!!!」
フレークの小嵐が従者へ襲いかかる。
「……!!!???」
従者は怒気の膜を維持しようとするが――
フレークと黒霧がぶつかり、
薄れていく。
「効いてる……!!
怒気の膜が消えていく!!!」
ミレイユが叫ぶ。
「怒気……侮ルナァァァ!!」
従者は再び怒気を発し、膜を再生して、
つむじ風を避けるように後方へ跳ぶ。
「避けられた!?」
ルシアナが叫ぶ。
「じゃあ――もう一発いくか。」
カケルが指を鳴らす。
「偶然のつむじ風(再)!!」
ゴォォォォォオオオ!!
「だからもう偶然じゃないでしょ!!!」
ルシアナのツッコミが響く。
今度のつむじ風は、
さきほど以上に大量のフレークを巻き込み、
従者の周囲を渦巻いた。
「フン……何度モ同ジ手ヲ……食ウカ……!」
従者は怒気を凝縮し、
フレークの風に当て、
弱めた場所を潜り抜けて渦から抜け出そうとした。
そのとき――
従者に向かって、小柄な影が飛び込んだ。
フィンだった。
「怒気の流れ……見えてる……!
抜け出るために怒気同士をぶつけて弱めた……そこしかない……!!」
敏感さゆえに観える、怒気の“薄い道筋”。
その一本の道を、フィンは勇気で踏み抜いた。
「うおおおおおおっ!!」
フィンが滑り込み、フレークの風を突き抜けて
怒気を纏った短剣を胸元の怒気心臓へ――
ズバァァン!!!
黒い心臓が弾け、
従者の身体が黒霧となって崩れ落ちた。
「……終わった……?」
「終わったな」
カケルがフィンの肩をポンと叩いた。
「やった、やったよ……!!!」
フィンが涙目で叫ぶ。
《感情発生:勇気300,000 ルーメ》
「怒気の心臓……完全に反転破裂してた……!
フレークの逆相干渉と、フィンの一撃……
これで確信した……!!」
「何を?」
ルシアナが訊く。
ミレイユは興奮で震えながら叫ぶ。
「怒気は……ただ乱すだけじゃだめ。
“通す道”を作れば良いのよ。
さっきのつむじ風……偶然とは思えないほど理想的だった。
怒気を“集めて”“束ねて”“狙って運ぶ”……
そんな怒気の道が作れれば――」
「憤に“こちらの怒気”を通せる……!!」
「通した後は、フィンが見つけた怒気の薄い筋……
あれが突破口になるわ!」
屋敷の奥では、
巨大な怒気の脈動が聞こえていた。
ドクン……
ドクン……
ドクン……
「本当は調査が目的だったが、もう放ってはおけない。
行こう。ここが――憤の本丸だ」
カケルの声に、
全員が静かに頷いた。
フィン、頑張りました! カケルの「偶然のつむじ風(魔法)」もいい仕事しましたね。
さて、これで全員揃ってボスへ……おや? 誰か忘れていませんか?
次回、「一番怒っている男」が合流します。(同日投稿です)




