第30話 暴れる怒気結晶と、“転がる偶然”の吸収劇
村の広場は黒い霧に沈み、
中心には――
脈打つ 怒気の結晶 が鎮座していた。
大きさは人の胸ほど。
黒と紫が混ざったような色で、どろりと光を巡っている。
「……これは……」
ミレイユが測定器を覗き込み、震えた。
「怒気が……過飽和になって……“凝固”してる……!
自然現象なのに、ほぼ魔物よ……!!」
フィンは顔を引きつらせ、一歩後ずさる。
「ご、ごめん……僕……これ、すごく嫌な感じが……!」
「無理するな。ここにいろ」
カケルが後ろへ下げようとすると――
怒気結晶が カッ と光った。
次の瞬間、
黒い“触手”のような怒気が伸び、ルシアナへ襲いかかる。
「来る!!」
「ルシアナ!!」
フィンが叫ぶより早く、
ボビンが前へ跳び込み――
ガキィィィン!!
背中から下ろした盾を構え、怒気を受け止めた。
黒い触手が盾にぶつかるたび、
火花とは別種の“精神のささくれ”のような音が響く。
「……問題ない」
ボビンは短く言った。
(さすが……!
あの盾、見た目は分厚い鉄板なのに……!)
ルシアナは胸を押さえながら息を整えた。
「ありがとう、ボビン……!」
だが怒気結晶はさらに暴れ、
四方に黒い波紋を撒き散らし始める。
「ダメよ……近づくほど精神を削られる……!」
ミレイユが叫んだ。
「レイジポットで吸いたいけど……
近くまで持って行くのは無理……!!
触手に引きずられる!」
「つまり……?」
「置くしかないわ!!」
ボビンが結晶から少し離れた場所に、
レイジポットを慎重に“そっと”置いた。
近づけなかった。
それほど危険な領域だった。
「……ここが限界だ」
距離にして結晶から六メートル。
「吸わせるには遠すぎる……どうしよう……!」
ミレイユが唇を噛む。
(何か方法……方法……
この距離で結晶を吸わせるなんて……)
その時だった。
カケルがミレイユの後ろを通りながら、
何気なく動かした足先が――
コツン
「――あっ」
レイジポットの縁に軽くぶつかった。
「カケルさん!? なんで倒してるのよ!!?」
「いや違ッ……! 置いてあった場所が悪い!!
ボビン、お前置き方が――」
「……置いただけだ」
ボビンは微動だにしない。
しかしポットは――
壺の膨らんだ形状ゆえに、
まるで大きな円を描くように、
コロ……
コロコロコロコロコロ!!!
と、不規則な軌道で転がり始めた。
「うそでしょ!?
なんでそんな都合よく結晶の方へ!?
物理法則どうなってるの!!?」
「知らねえよ!!」
「絶対あなたの“偶然体質”でしょーーー!!?」
ミレイユが叫ぶ中――
レイジポットは見事な円弧を描き、
結晶の真正面までスーッと滑っていき――
ズオォォォォン!!
怒気の結晶の中心“コア”だけを、
完璧な角度で吸い始めた。
「す、吸ってる……!?」
フィンが震える声で呟く。
「いやあの角度……絶対狙ってないのに……
コアの真芯を捉えてる……何それ!?
どんな偶然なのよ!!!」
「偶然って言ってるだろ!!?」
カケルは両手を挙げる。
怒気の結晶は抵抗するように
“衝撃波”を放った。
「危ない!!」
ミレイユへ波動が飛ぶ。
だがカケルは、
そこに転がっていた“木の破片”を拾い――
無造作に飛ばした。
破片はくるりと回転し、
衝撃波に当たって斜め下へ逸れた。
ドゴォォォン!!
地面が抉れるだけで済んだ。
「な……なにそれ……
なんで反射するの……?
なんでその角度なの……?」
「知らねえって!!」
ミレイユは震える手で測定器を持ち直した。
怒気結晶は、
吸い尽くされたコアを失い、
すうっと黒霧とともに崩れ落ちた。
場が静まったあと、
ミレイユはゆっくりと呟いた。
「怒気って……“方向を持つエネルギー”……
しかも、波長を反転させれば……」
「反転?」
「怒りの波を“平静”に変えられる……!!
怒気を……浄化じゃなく、“変換”できるかもしれない……!!」
その瞳は、雷に打たれたように輝いていた。
「これができれば……
憤が集めて放つ怒気そのものを……
逆に武器にできる……!!」
「つまり……怒気返し?」
「そう!
怒りを怒りで吹き飛ばすの!!
原理は分かり始めたわ……!」
ミレイユの興奮は止まらない。
「じゃあ、次はその理論を試すんだな」
カケルがポットを拾い上げる。
「ええ。
怒気の流れの本線は……村の奥。
あの大きな屋敷に向かってる」
ミレイユが指を差す。
屋敷は黒い霧を吐き出していた。
「行こう。
本丸は、あそこだ」
蹴ったわけではありません。
偶然、足が当たって、偶然、絶妙なカーブを描いただけです。
さて、広場は片付きましたが、黒霧の本丸は「屋敷」の中。
次回、ついに上級手下とのバトル! そしてフィンの覚醒!




