第3話 借金持ちと元女神、ギルドの依頼で働く
翌朝。
リベリスの町門にたどり着いたカケルとルシアナは、昨日の紅蓮空竜の爪痕を遠目に見上げていた。
丘の上から見ても、町は無事。煙が立ちのぼる森のほうが悲惨だ。
「なぁ、あの竜、町ごと焼くつもりだったんだよな」
「ええ、ですからあなたの“首ポキ”は世界的には感謝案件です」
「感謝どころか、借金七億ルーメ増えたけどな」
「だからそれ! 感謝が出る前に消されたんですって!」
門番に名前を告げ、身分を問われる。
「ミナセ・カケル。職業……」
「……フリーの冒険者志望です」
「妹のルシアナです!」
「(お、おい、勝手に設定作るな!)」
「(妹のほうが都合いいんですよ! 監視役とか言えません!)」
「身分を証明するものが無ければ、銀貨1枚。二人で2枚だ。」
「金貨しか無いからお釣りは要りません。」
と金貨を1枚渡す。目を丸くする門番。
「どどうぞ、お入りください」
ルシアナが服の袖を引っ張る。
「そんなに適当に払っていて大丈夫なの?」
「まぁ、金には困らないと思う」
町の中は、朝から活気に満ちていた。
露店が並び、パンの香りと香辛料の匂いが混じる。
しかし、笑い声の奥に“温度”がない。
誰もが淡々と働き、喜びも怒りも薄い。
「感情、ほとんど動いてませんね……」
「七億ルーメ負債を増やしておいてなんだが、これ、この世界やばいな」二人は、町の中央広場にそびえる「冒険者ギルド」へ向かった。
木の扉を押すと、中はざわめきと酒の匂い。
依頼掲示板の前には、鎧姿の男たちが群がっている。
「……お約束って感じだな」
「そういうこと、言わないの!」
受付カウンターに近づくと、落ち着いた栗髪の女性、ノエルが笑顔で迎えた。
「新規登録ですね? お二人とも?」
「いえ、こいつは付き添い――」
「はい、二人ともです!」
ルシアナが食い気味に言った。
「え?」
「だって! 私はあなたを監……いえ、支えるんです!」
「支える方向間違ってない?」
登録用紙を受け取る。
カケルは「前職・得意分野」と書かれた欄に目をやった。
「……“社畜(元)”って書いたら、ここじゃ意味わかんねぇか」
「何を口走ってるんですか!」
「じゃ、“残業スキル持ち”でいいか」
「余計に意味わかりません!」
隣でルシアナも記入を開始。筆を握るのがぎこちない。
「“神の加護”って書いたら怒られます?」
「“自称”って付ければセーフじゃね」
怪しげな視線と共にノエルから木札が二枚、渡された。
【ランク:F】
「Fか……人生ハードモード継続中だな」
「当然です、登録したてなんですから」
ノエルが微笑んで言う。
「冒険者に初めて登録をした皆さんは、
身元保証が出来た時点で宿の確保をなさいますよ。
“風見亭”などの宿屋が人気です。
ギルドからも近いです」
「助かる。泊まる場所がないと野宿になるところだった」
「野宿はいやです! 私、“元”でも女神なんですから!」
カケルが小さく笑い、木札をポケットにしまった。
「よし、先ずは宿を確保した上でF級同士、手伝いの仕事でも探すか」
……その“手伝い”が、想像以上にハードだった。
倉庫の荷物運び、樽転がし、薪割り――。
炎天下で額に汗を浮かべながら、ルシアナが悲鳴を上げる。
「わ、私、本当は女神なのにーっ!」
「元、だろ。今は失敗の責任を取らされているただの監視員」
「ぐぬぬ……っ!」
昼休み、二人は屋台の軒先で水を飲んでいた。
そのとき、通りの向こうから怒鳴り声が響く。
「いい歳して商売なんてやめちまえ! でなきゃ払うもん払えよ!」
露天の老婦人の前で、若いチンピラが机を叩いていた。
「ひ、人聞きの悪いことを……!」
「口答えすんのか?」
周囲の人々は目をそらす。
だが、通りかかった若い冒険者の一人が前に出た。
「おい、やめろよ。金を脅して取るのは犯罪だぞ」
「は? うるせぇな。てめぇもまとめてぶっ飛ばすぞ!」
チンピラが拳を振り上げた、その瞬間――。
カケルは、足元の小石をつま先で軽く蹴った。
「……偶然の飛び石」
小石の数粒が見えない速度で跳ね、通りの端に置かれた樽の箍を正確に弾き、外した。
――パン!
圧力に耐えきれず、樽が爆ぜる。
中の液体が飛び散り、木片がチンピラの腕に直撃。
「ぐわっ!? な、なんだこれぇっ!」
衝撃で転倒。腕の骨は折れていて、地面でのたうち回る。
若者が叫んだ。
「こんな事してるから罰が当たったんだ!」
「お、覚えてろよっ!」と捨て台詞を残して、チンピラは逃げていく。
老婦人は若者の手を取り、涙を浮かべた。
「助けてくれてありがとう……!」
その瞬間――
カケルの目の前にウィンドウが浮かんだ。
《感情発生:勇気・安堵100,000 ルーメ》
「……ふむ、十万ルーメ分の感情が戻ったな」
ルシアナが首を傾げる。
「どういうことですか? あなた、戦ってもいないのに……」
「……たぶん、関与したからだ」
「関与?」
カケルは腕を組み、チンピラが逃げていった方向を見る。
「もし俺があの場で何もしなかったら、きっとこの数値は動かなかった。
誰かの“勇気”や“安堵”が生まれても、俺が無関係なら返済にはならない。
けど――俺が“偶然”を起こした瞬間、その出来事に繋がる感情が全部、俺の帳簿に流れ込んだ。
……つまり、関与した分だけ、返せる」
「なるほど……つまり、“動かない者”では返済できないということですね」
「皮肉だな。世界を壊したくなくて動かないと、借金が減らない」
カケルは深く息を吐いた。
「でも、今ので少し分かった。
俺の関与が、本当の感情を発生させれば返済になる。
もし悲しませたり傷つけたりしても――返済にはなるかもしれない。
だが、それは嫌だな」
「……つまり?」
「誰かを泣かせる方法で、借金を返す気はないってことだ」
ルシアナが静かに目を見開いた。
彼女の唇がわずかに震え、そしてふっと笑う。
「あなた、思ったより、ちゃんとしてますね」
「おい、どういう意味だ」
「いい意味です。……ちょっとだけ」
「“ちょっと”を付けるな」
カケルはウィンドウを閉じた。
数値は、ほんのわずかだが確かに減っていた。
――返済は、“関与”から始まる。
その原理を知ったとき、彼の中でようやく歯車が一つ、かみ合った気がした。
ギルドに戻る途中、ルシアナは笑った。
「もしかして、私が荷物運びしてた分もルーメ発生してません?」
「労働の涙は無報酬だ」
「理不尽っ!!」
二人の笑い声が、少しだけ町に温かさを取り戻していた。
明日も投稿予定です。
(今後の更新は午後7時30分頃に変更いたします)
次の話で100万ルーメ超えの返済がなされます。お楽しみに。




