第29話 二点誘導作戦──怒気の濃流で“錯覚追跡”を起こせ!
スヴァレ村の入口は、黒い霧に沈んでいた。
空気は重く、怒りのざわつきが地面を這っている。
その先で、二匹の憤の手下が、獲物を探して低く唸っていた。
まるで、村から人が逃げないように入口で見張っているかのようであった。
「……二匹、か」
カケルが呟く。
ミレイユは測定器を片手に、
村の東と西を指で素早く示した。
「みんな、ほんの短い作戦会議! でもすぐ動くからね!」
全員が集まる。
「東側の 教会のランプ柱。
西側の 三階建て商館の玄関ドア。
あの二つが“囮のタッチポイント”よ!」
「タッチポイント?」
フィンが首を傾げる。
「そう! まず東側のランプ柱にタッチしてもらう囮が一人。
西側の商館の扉にタッチする囮がもう一人。
タッチが済んだら、村の中央手前にある 物見塔(見張り塔) に向かって走ってきて!」
「どうして塔に?」
ルシアナが訊く。
「説明すると長いから省く!!
でも信じて! 絶対うまくいくわ!」
ミレイユはそれだけ言い放つと、
「ボビンは塔の中で、私の指示どおりにポットを構えて!
怒気の流れをぜーんぶ誘導してもらうわ!」
「……了解」
ボビンは土器を両手で持ち、
揺るぎない体勢で構えた。
「じゃあ囮役は……」
ミレイユはくるりと振り向き、
「フィン! そしてカケルさん!」
「ぼ、僕ですか!?」
「まぁ、俺だよな……」
「フィンは機動力最高!
カケルさんは――ほら、なんか殺しても死ななそうだし、
偶然なんとかしそうだから!
こういう場面に向いてるの!」
「言い方ァァァ!!」
ルシアナがくすっと笑う。
「でも事実よ。あなた、こういう時だけは妙に頼りになるし」
「……褒められてんのか俺は」
「褒めてるわよ?」
ルシアナの微笑みに、カケルは肩をすくめた。
「よーし! 行動開始ー!」
◇
「ひええええええ!!?」
フィンは怯えながらも俊敏に走り、
教会前のランプ柱にタッチ。
「タッチ!!」
「ニンゲン……!!」
一匹の手下が吠え、
地面を歪ませながら追ってきた。
「うわわわ来てる来てる!!」
◇
「おーいこっちだぞー」
カケルは軽い調子で商館の扉に触れる。
「ニンゲェェェェン!!」
怒気に濁った目で、もう一匹が突進してくる。
「なんでそんな全力で来るんだよ……」
◇
ミレイユ & ルシアナ(物見塔の上)
ボビン(物見塔の階段中段)
二匹が東西から村中央へ向けて走るのを、
塔の上から見下ろすミレイユ。
「ボビン! ポットをもう少し東へ十度!」
「……こうか」
レイジポットが霧を吸い込み、
怒気の流れが東へ偏る。
東側の手下の頭部に怒気の霧がまとわりつき、
視界を曇らせる。
「次、西! 西へ十五度!」
「……了解」
西側の手下の頭部にも怒気の霧がまとわりつき、
視界を曇らせていく。
隣のルシアナが「ムッ」と言葉を漏らす
「ルシアナが反応してる。
測定器では測れない怒気が来てるわね。
ボビン、少しポットを上に向けて。
いいわ……!
二匹とも、怒気の“濃い方向”しか感じ取れなくなってる!」
ミレイユの笑みが鋭くなる。
「これで進路は……収束する!!」
◇
「フィン!! こっち来い!!」
「は、はい!!」
フィンは必死に走る。
カケルは大股で歩く(歩いてるのに速い)。
二匹の手下は怒気に酔い、
“濃い方向”=二人が向かう一点へ吸い寄せられる。
「カケルさん!? 近いです! 手下達がすっごい近いです!!」
「知ってる」
「なんでそんな落ち着いてるんですかぁぁ!!?」
◇
二人が塔の真下で交差し、
一瞬だけ並んだ。
「フィン!」
「はいっ!!」
パンッ!
軽くハイタッチして――
同時に左右に跳ぶ。
残された“ど真ん中”へ――
二匹の手下が一直線に突っ込む。
◇
ドガアアアアアァァン!!!
広場が揺れ、砂埃が舞った。
二匹の影は衝撃で吹っ飛び、
怒気が抜けると同時に無力化され、そこで息絶える。
◇
「はぁ……生きてる……?」
フィンが肩で息をしながら言う。
「完っ璧!!」
ミレイユが跳ねて歓声を上げる。
「怒気で視界が曇ってると、
“濃い方向の影”しか認識できないみたいだから、
二点誘導で軌道が交わるのよ!」
「すげぇな……」
カケルも笑って頭を掻いた。
その瞬間――
物陰に潜んでいた村人たちが、
ゆっくりと顔を覗かせた。
「た、倒した……のか……?」
「まさか本当に……」
「助かった……助かったんだ……!」
怯えで強張っていた表情が、
少しずつ“安堵”へ変わっていく。
誰かが泣きながら呟いた。
「ありがとう……本当に、ありがとう……!」
その声を皮切りに、
押し殺していた気持ちが一気に噴き出した。
黒霧の下に沈んでいた“人間の感情”が、
まるで地中から芽吹くように、
静かに、しかし確実にあふれ出す。
ミレイユの測定器がかすかに鳴った。
「……怒気に押さえつけられていた感情エネルギーが戻ってきてる……!」
村人たちが、恐怖に押し潰されていた心を取り戻し、
小さな“光のような感情”を発し始めていた。
(これも……“感情エネルギー”の回復……)
ルシアナは胸が温かくなるのを感じながら、
静かに涙をぬぐった。
《感情発生:恐怖・安堵500,000 ルーメ》
ボビンは静かにポットを抱えながら塔を降りてきて、
一言だけ呟いた。
「……次だ」
村の中心――
怒気の源が、さらに濃く脈動していた。
作戦大成功! 村人たちも救出できました。
しかし、村の中心にはまだヤバイものが鎮座しています。
――カケルさん、足元。
足元に壺がありますよ?
次回、物理法則を無視した「転がる偶然」が奇跡を起こす!(同日投稿です)




