第28話 怒気の“前波”と、ミレイユの現地観察実験
北へ続く街道には薄霧が漂い、森の匂いが濃くなっていた。
「はい、みんな止まって!」
ミレイユが突然手を上げ、全員が足を止める。
「今、空気の“揺れ”感じた?」
フィンが胸のあたりを押さえる。
「さっきよりも……ちょっとザワッとした感じが……」
「やっぱり“怒気の前波”ね!」
ミレイユは測定器を操作しながら目を細める。
「このまま前に進むと、
五十メートル先で“第一波の本流”にぶつかるわよ!」
「じゃあ避けないとだな」
「避ける! こっち、丘の陰へ!」
◇
全員で右側の丘の影へ飛び込む。
直後――
ザアアァッ!!
黒い霧の風が街道を舐めて走り抜けた。
森の枝が揺れ、砂埃がまう。
「……うわぁ……これ正面から受けてたら……」
「たぶん、イライラして喧嘩したくなってたわね」
ミレイユはさらりと言う。
フィンは驚き半分、納得半分という顔になる。
「……すごい。避けられるんだ……」
「それが“波長読み”よ!」
ミレイユが胸を張る。
◇
「そうだ、ルシアナ!」
「え? 私?」
「あなたの怒気への反応がどうか見てみたいの!
ちょっとあそこの風通しの良い場所まで行ってみて!」
「えぇ……危なくない?」
「大丈夫大丈夫! 次の波は弱いから!
弱い怒気って観測が難しいから、感じ方を確認したいの」
「……はいはい、研究者モードね……」
ルシアナは軽く肩をすくめ、
崖の上の風当たりが良い場所へ移動した。
「じゃ、観測するわよー!」
ミレイユが測定器のスイッチを入れた瞬間――
ザアッ!
薄い黒霧がルシアナをかすめる。
「……っ、ムッ!」
「来たーーー!! その“ムッ”!!」
「ムッて言わないの! 恥ずかしい!」
「でも貴重なデータなのよ!
怒気の弱波で“イラッ”と来るタイプと来ないタイプがあるの!」
「私、イラッと来るタイプってこと……?」
「そういうこと!!」
ルシアナは不満そうだったが、
ミレイユは満面の笑顔でメモを取っていた。
(……怒気耐性の実験、これはこれで必要なのかもしれないな……)
カケルは苦笑した。
◇
「じゃあ、次はレイジポットを使うわよ!
ボビン! お願い!」
ボビンが無言で頷き、腰に付けていたレイジポットを両腕で持ち上げる。
普通の冒険者なら苦労する重量だが、ボビンは問題なく掲げる。
「このポットに怒気を“少しだけ”吸わせて……」
ミレイユは地面の線を見ながら説明する。
「怒気の一部を吸うと、その“元の供給方向”から黒霧が濃く流れ込むの。
つまり、吸われた霧の流れで供給方向が分かる!」
「へぇ……なるほど!」
フィンが目を丸くする。
「ボビン、そこに固定して!」
「……了解」
ボビンがレイジポットを地面に置き、前に向ける。
次の瞬間、ポットの縁がかすかに黒く揺れ――
まるで呼吸するようにゆっくりと霧を吸い込んだ。
そして――
ヒュゥゥ……と、
ポットとは逆側の森の方から、黒い霧が細く流れ込んでくるのが見えた。
「これで“怒気の本流”の方向がはっきりしたわ!」
「おぉ……!」
フィンは素直に感嘆した。
「この霧の流れ……村の中心から出てるのが分かる。
つまり村の“入り口左側”のほうが安全ってこと!」
「じゃあ、そっちから回り込むか」
「そう! これで安全に行けるわ!」
◇
全員が進路を森の左側へずらすと、
怒気の風が街道を吹き抜けていく音だけが遠くに響いた。
ミレイユは満足げに言う。
「ふふん! これで調査も順調ね!」
ルシアナも、さっき怒らされたことは忘れたのか、
少し笑ってフィンの肩を叩いた。
「フィン、大丈夫? 無理しないでね」
「はい……!
でも、大丈夫です。
上手く怒気を避けてますし、みんなが一緒だから」
カケルは後ろで短く言う。
「じゃ、行くか」
スヴァレ村の輪郭が、森の向こうにぼんやりと浮かび始めていた。
怒気で「ムッ」とするルシアナさん、貴重なデータでしたね。
順調に森を抜けた一行ですが、村の入り口にはすでに歓迎ならざる者たちが待ち構えています。
次回、カケルとフィンの連携プレー! ミレイユの作戦が炸裂します。
第29話「二点誘導作戦──怒気の濃流で“錯覚追跡”を起こせ!」。
明日もお楽しみに!




