第24話 炎の残滓と、囁く影
リベリスの冒険者ギルド。
報告書には、三人の影が差し込んでいた。
「――以上が、今回の討伐の経緯です」
グレンが報告書にサインを入れ、深く頭を下げた。
「対象は《炎鱗獣マルガドス》。攻撃がなかなか通らない厄介なやつだった」
ボビンが頷く。
「火を吐くだけじゃなく、周囲の岩肌を赤く溶かしてました。まるで生きた火山みたいで」
「それに、倒したあとに……」
フィンが言葉を探すように口ごもる。
「……何か、声みたいなのが聞こえたんです。“怒り”とか、“焔”とか……」
報告を受けたギルドの文官が顔を見合わせた。
「炎鱗獣マルガドス……?この古代魔獣が一番近いと思うが、あまり資料が無いな」
「報告内容は整ってる。現地調査班をすぐ派遣しよう」
グレンたちは軽く礼をして、ギルドをあとにした。
外に出ると、夜風が肌を撫でた。
「……何か、嫌な感じがするな」
ボビンの言葉に、グレンは頷いた。
「何かの封印が解けたような気配がした。気のせいならいいけどな」
フィンは空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「でも……もしまた来たら、俺たちが守ります」
グレンが笑った。
「頼もしいな。――行こう、報告を終えたら、まずは一杯だ」
◇
――その頃、《前借亭》。
カウンターで、ルシアナが書類をめくっていた。
「……炎鱗獣マルガドス。やっぱり、ただの魔獣じゃない」
カケルがコーヒーを注ぎながら、片眉を上げた。
「やっぱり何か引っかかったか」
「ええ。マルガドスの名は、古い神話にだけ出てくる。
“炎帝アヴァロス”――四魄柱の封印を護る“導火の獣”よ」
カケルは静かにカップを置いた。
「導火……つまり、火を点ける役か」
「そう。封印が揺らぐと、まずアヴァロスが現れる。
彼の炎が完全に絶えるとき、四魄柱のひとり――“憤”が目覚めるの」
カケルはウィンドウを開き、戦闘映像を再生した。
ボビンの盾、フィンの短剣、グレンの一撃。
すべての動きに、微細な光の反応があった。
「……もう始まってるな」
「封印の綻び、ですね」
ルシアナが肩をすくめる。
「炎帝は“鍵”だった。つまりあの三人が壊したのは、
――神々が張った“怒り”の封印よ」
カケルは黙ってコーヒーを飲み、
静かにウィンドウの数字を見つめた。
《感情発生:覚悟900,000 ルーメ》
「……悪くない風だ」
「それ、褒め言葉なんですか?」
「最高の褒め言葉さ。人が覚悟を決める瞬間は、
世界が一番いい音を鳴らす」
ルシアナは微笑みながらも、
視線を通信盤のほうに向けた。
そこには、封印波動の記録。
微かに赤く灯る“怒り”のシンボル。
「カケル。これ、止められると思う?」
「止める? 風を止めたら、熱も籠る。
――吹かせておくさ。必要なだけな」
カップを鳴らす音が、静かな夜に溶けていった。
これにて、第1章は終了です。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます。
次話から第2章の開始です。
四魄柱の「憤」編です。
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