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異世界召喚されたので、『前借スキル』で速攻ラスボスを倒して楽をしようとしたら、理不尽にも“感情負債140億ルーメ”を背負うことになったんだが?  作者: 早野 茂
第1章 異世界召喚と「前借(まえがり)スキル」、そして140億ルーメの感情負債

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第21話 守りたいコンビ、初依頼へ

 リベリス冒険者ギルドの朝は、いつも騒がしい。

 だが今日は、その喧騒の中でひときわ落ち着かない二つの影があった。

 カウンター前で、フィンとボビンが並んで立っている。

 フィンは腰の《ウィンド・ランナー》に、

 ボビンは背中の《タフネス・スクエア》に、何度もそっと手をやった。

「き、緊張しますね……」

「そうか? 俺は……ちょっとだけ、腹が減ってきた」

「それ、緊張してるってことですよボビンさん」

 受付のノエルが、くすっと笑いながら書類に目を通す。

「初依頼なら、あまり遠くじゃない方がいいですね。……あ、ちょうどいいのがあります」

 彼女が掲示板から紙を一枚めくった。

「《花守りの丘》の薬草採取と、周辺の小型魔獣の警戒。危険度は低いけれど、油断すると怪我をします」

「花守り……」

 フィンがごくりと喉を鳴らした。

 隣のボビンが手を挙げる。

「護衛も兼ねてるってことか?」

「そうですね。依頼主は、町の薬師さんの弟子の子。ひとりで行くには不安だからって」

 ノエルはやわらかく微笑んだ。

「“誰かを守る”にはちょうどいい依頼だと思いますよ」

 その一言に、フィンとボビンは顔を見合わせ、同時に頷いた。

「受けます!」

「行ってきます」


 ◇


 ギルドを出て、町はずれの門へ向かう石畳の道。

 そこに、白衣を着た少女が緊張した面持ちで立っていた。

「あっ、あの!」

 気づいた少女が、慌てて頭を下げる。

「リベリス薬師見習いのメイです! 今日ご一緒してくれる冒険者さん、ですよね?」

「うん。俺、フィン。こっちはボビンさん。今日は俺たちが守ります!」

「荷物と、人。まとめて任せろ」

「た、頼もしいです!」

 メイは胸を撫で下ろし、背負っていた荷籠の紐を持ち直す。

「じゃあ、行きましょう。《花守りの丘》は、ここから歩いて少しです」

 三人は並んで門を抜け、丘へと続く道を歩き出した。


 ◇


 花守りの丘は、町から少し離れた緩やかな丘陵だった。

 風に揺れる花々に、小さな虫の羽音。

 見晴らしのよい斜面のあちこちに、淡い色の薬草が顔を出している。

「ここが……《花守りの丘》です」

 メイはそう言うと、慣れた手つきで膝をつき、薬草を見分け始めた。

「じゃあ俺、この辺り見てきます」

「俺は、近くでメイを守る」

 依頼内容は単純だ。

 メイが薬草を採集し、その周囲をフィンが巡回し、ボビンが側で守る。

 出るとすれば、小型の牙ネズミか、小スライム程度――のはず、だった。

「フィン、このあたりも見てきてくれるか?」

「はい!」

 フィンは丘を駆け、周囲の茂みをすばやくチェックする。

 《ウィンド・ランナー》は、まだほとんど眠ったまま。

 だが、不思議と足取りが軽く感じた。

(この短剣……持ってるだけで、ちゃんと走れてる気がする)

 一方、ボビンはメイのそばで、荷籠をひょいと片手で持ち上げていた。

 その巨大な体と分厚い盾は、ただそこに立っているだけで安心感がある。

「ボビンさん、重くないですか?」

「これくらいなら、寝ながらでも持てる」

「寝ながらはやめてください」

 そんな穏やかな時間が、しばらく続いた。

 ――ガサッ。

 風とは違う、不穏な音。

 フィンの耳がぴくりと動いた。

「……何か、います」

「魔獣?」

 メイが不安そうに顔を上げる。

 茂みの中から、二対の赤い目が光った。

 大きな牙ネズミ――通常の倍はある変異種だ。

 しかも、二匹。

「ひっ……!」

 メイが後ずさる。

 フィンの脚が、勝手に前に出た。

「下がって!」

 一匹目が飛びかかる。

 フィンは地面を蹴り、半身をずらすと同時に短剣を横に払った。

 ――シュッ。

 黒い刃が一瞬だけ、淡い銀色を帯びる。

 牙ネズミの前足が宙で止まり、そのまま地面に崩れ落ちた。

 致命傷は避けて、動きを封じるだけの一撃。

「……今の、俺?」

 自分の手の感覚に、フィンが目を丸くする。

 二匹目がメイを狙って回り込む。

「こっち!?」

 メイの悲鳴。

 その瞬間、巨大な影が前に出た。

「――下がってろ」

 ボビンの盾が、ドンッと音を立てて地面に立つ。

 牙ネズミの突進が真正面からぶつかった。

 ゴンッ!

 耳に響く鈍い音。

 だが盾はびくともせず、ボビンの足も一歩も退かない。

「……大したことないな」

 ボビンは力を抜くように盾を少しだけ押し返す。

 魔獣は弾き飛ばされ、斜面を転がり落ちて逃げていった。

 メイが口元を押さえる。

「あ、あんな勢いだったのに……」

 ボビンは盾の表面を軽く叩きながら言った。

「この盾、いい。重さも、当たった感じも、しっくり来る」

「ただの鉄板にしか見えませんけど……」

「俺には、ちょうどいい」

 フィンは倒れた牙ネズミを確認し、

 怪我だけで済んでいることに胸を撫でおろした。

「……よかった。メイさんも無事だし」

「フィン君が早く動いてくれたからだよ」

 メイが笑いながら言う。

「本当に、守ってくれたんだね」

 その言葉に、フィンの胸の奥が熱くなった。

(守れた……俺が……)

《感情発生:喜び・自信10,000 ルーメ》

 誰も知らないところで、カケルのウィンドウが静かに光っていた。



 夕暮れ。

 丘での採取を終え、三人は無事ギルドに戻ってきた。

「おかえりなさい!」

 ノエルが迎える声には、心配と期待が混ざっている。

「ただいま戻りました! 依頼、完了です!」

 メイが元気よく報告書を差し出す。

 ノエルは目を通し、笑顔になった。

「うん、問題なし。……それどころか、予想以上ね。

 変異牙ネズミ二体を撃退、薬草採取完遂。お見事です」

 フィンとボビンは顔を見合い、

 そして同時に――ちょっと照れたように笑った。

「俺、ちゃんと動けました」

「俺も、ちゃんと支えになれた」

 ノエルは机の下でそっと拳を握りしめた。

(将来有望な冒険者が誕生したわね)


 ◇


 その頃、前借亭。

 カケルはカウンターでウィンドウを眺めていた。

「……ふむ。初依頼にしちゃ上出来だな」

「本当に見に行ってないですよね?」

「行ってないさ。数字だけ見てた」

「ダメじゃないですかそれ」

 ルシアナが呆れつつも、どこか誇らしげに微笑む。

「でも、よかったですね。

 フィンもボビンさんも、“守りたい”って言葉に嘘がなかった」

「まあ、そいつらの言葉が本物じゃなかったら、

 あの短剣も盾も、ただのガラクタだっただろうさ」

 ミュコが「ぷにゅ♪」と跳ね、

 ふんわりとしたパンの香りが店いっぱいに広がる。

「これから、あの二人、どんどん強くなりますよね」

「そうだな。……そのうち、英雄が倒すような魔獣の一匹くらい、

 あいつらだけでどうにかしちまうかもな」

「それはまだ早いです!」

 ルシアナが慌てて止める。

 カケルはおどけて肩をすくめた。

「冗談だよ。

 ――その前に、俺がちょっとだけ“偶然”を増やしてやるさ」

「もう増やしてるくせに」

 二人の会話をよそに、

 前借亭の外では、夕焼けの中を二つの影が並んで歩いていた。

 ひとつは、風のように軽やかな少年。

 もうひとつは、山のように頼もしい男。

 それは、まだ始まったばかりの物語――

 “守りたいコンビ”の、最初の一歩だった。

次の話は、偶然が結びつけるチーム発足の話です。

お楽しみに


本日は、第1章の最終話まで投稿します。

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