第21話 守りたいコンビ、初依頼へ
リベリス冒険者ギルドの朝は、いつも騒がしい。
だが今日は、その喧騒の中でひときわ落ち着かない二つの影があった。
カウンター前で、フィンとボビンが並んで立っている。
フィンは腰の《ウィンド・ランナー》に、
ボビンは背中の《タフネス・スクエア》に、何度もそっと手をやった。
「き、緊張しますね……」
「そうか? 俺は……ちょっとだけ、腹が減ってきた」
「それ、緊張してるってことですよボビンさん」
受付のノエルが、くすっと笑いながら書類に目を通す。
「初依頼なら、あまり遠くじゃない方がいいですね。……あ、ちょうどいいのがあります」
彼女が掲示板から紙を一枚めくった。
「《花守りの丘》の薬草採取と、周辺の小型魔獣の警戒。危険度は低いけれど、油断すると怪我をします」
「花守り……」
フィンがごくりと喉を鳴らした。
隣のボビンが手を挙げる。
「護衛も兼ねてるってことか?」
「そうですね。依頼主は、町の薬師さんの弟子の子。ひとりで行くには不安だからって」
ノエルはやわらかく微笑んだ。
「“誰かを守る”にはちょうどいい依頼だと思いますよ」
その一言に、フィンとボビンは顔を見合わせ、同時に頷いた。
「受けます!」
「行ってきます」
◇
ギルドを出て、町はずれの門へ向かう石畳の道。
そこに、白衣を着た少女が緊張した面持ちで立っていた。
「あっ、あの!」
気づいた少女が、慌てて頭を下げる。
「リベリス薬師見習いのメイです! 今日ご一緒してくれる冒険者さん、ですよね?」
「うん。俺、フィン。こっちはボビンさん。今日は俺たちが守ります!」
「荷物と、人。まとめて任せろ」
「た、頼もしいです!」
メイは胸を撫で下ろし、背負っていた荷籠の紐を持ち直す。
「じゃあ、行きましょう。《花守りの丘》は、ここから歩いて少しです」
三人は並んで門を抜け、丘へと続く道を歩き出した。
◇
花守りの丘は、町から少し離れた緩やかな丘陵だった。
風に揺れる花々に、小さな虫の羽音。
見晴らしのよい斜面のあちこちに、淡い色の薬草が顔を出している。
「ここが……《花守りの丘》です」
メイはそう言うと、慣れた手つきで膝をつき、薬草を見分け始めた。
「じゃあ俺、この辺り見てきます」
「俺は、近くでメイを守る」
依頼内容は単純だ。
メイが薬草を採集し、その周囲をフィンが巡回し、ボビンが側で守る。
出るとすれば、小型の牙ネズミか、小スライム程度――のはず、だった。
「フィン、このあたりも見てきてくれるか?」
「はい!」
フィンは丘を駆け、周囲の茂みをすばやくチェックする。
《ウィンド・ランナー》は、まだほとんど眠ったまま。
だが、不思議と足取りが軽く感じた。
(この短剣……持ってるだけで、ちゃんと走れてる気がする)
一方、ボビンはメイのそばで、荷籠をひょいと片手で持ち上げていた。
その巨大な体と分厚い盾は、ただそこに立っているだけで安心感がある。
「ボビンさん、重くないですか?」
「これくらいなら、寝ながらでも持てる」
「寝ながらはやめてください」
そんな穏やかな時間が、しばらく続いた。
――ガサッ。
風とは違う、不穏な音。
フィンの耳がぴくりと動いた。
「……何か、います」
「魔獣?」
メイが不安そうに顔を上げる。
茂みの中から、二対の赤い目が光った。
大きな牙ネズミ――通常の倍はある変異種だ。
しかも、二匹。
「ひっ……!」
メイが後ずさる。
フィンの脚が、勝手に前に出た。
「下がって!」
一匹目が飛びかかる。
フィンは地面を蹴り、半身をずらすと同時に短剣を横に払った。
――シュッ。
黒い刃が一瞬だけ、淡い銀色を帯びる。
牙ネズミの前足が宙で止まり、そのまま地面に崩れ落ちた。
致命傷は避けて、動きを封じるだけの一撃。
「……今の、俺?」
自分の手の感覚に、フィンが目を丸くする。
二匹目がメイを狙って回り込む。
「こっち!?」
メイの悲鳴。
その瞬間、巨大な影が前に出た。
「――下がってろ」
ボビンの盾が、ドンッと音を立てて地面に立つ。
牙ネズミの突進が真正面からぶつかった。
ゴンッ!
耳に響く鈍い音。
だが盾はびくともせず、ボビンの足も一歩も退かない。
「……大したことないな」
ボビンは力を抜くように盾を少しだけ押し返す。
魔獣は弾き飛ばされ、斜面を転がり落ちて逃げていった。
メイが口元を押さえる。
「あ、あんな勢いだったのに……」
ボビンは盾の表面を軽く叩きながら言った。
「この盾、いい。重さも、当たった感じも、しっくり来る」
「ただの鉄板にしか見えませんけど……」
「俺には、ちょうどいい」
フィンは倒れた牙ネズミを確認し、
怪我だけで済んでいることに胸を撫でおろした。
「……よかった。メイさんも無事だし」
「フィン君が早く動いてくれたからだよ」
メイが笑いながら言う。
「本当に、守ってくれたんだね」
その言葉に、フィンの胸の奥が熱くなった。
(守れた……俺が……)
《感情発生:喜び・自信10,000 ルーメ》
誰も知らないところで、カケルのウィンドウが静かに光っていた。
◇
夕暮れ。
丘での採取を終え、三人は無事ギルドに戻ってきた。
「おかえりなさい!」
ノエルが迎える声には、心配と期待が混ざっている。
「ただいま戻りました! 依頼、完了です!」
メイが元気よく報告書を差し出す。
ノエルは目を通し、笑顔になった。
「うん、問題なし。……それどころか、予想以上ね。
変異牙ネズミ二体を撃退、薬草採取完遂。お見事です」
フィンとボビンは顔を見合い、
そして同時に――ちょっと照れたように笑った。
「俺、ちゃんと動けました」
「俺も、ちゃんと支えになれた」
ノエルは机の下でそっと拳を握りしめた。
(将来有望な冒険者が誕生したわね)
◇
その頃、前借亭。
カケルはカウンターでウィンドウを眺めていた。
「……ふむ。初依頼にしちゃ上出来だな」
「本当に見に行ってないですよね?」
「行ってないさ。数字だけ見てた」
「ダメじゃないですかそれ」
ルシアナが呆れつつも、どこか誇らしげに微笑む。
「でも、よかったですね。
フィンもボビンさんも、“守りたい”って言葉に嘘がなかった」
「まあ、そいつらの言葉が本物じゃなかったら、
あの短剣も盾も、ただのガラクタだっただろうさ」
ミュコが「ぷにゅ♪」と跳ね、
ふんわりとしたパンの香りが店いっぱいに広がる。
「これから、あの二人、どんどん強くなりますよね」
「そうだな。……そのうち、英雄が倒すような魔獣の一匹くらい、
あいつらだけでどうにかしちまうかもな」
「それはまだ早いです!」
ルシアナが慌てて止める。
カケルはおどけて肩をすくめた。
「冗談だよ。
――その前に、俺がちょっとだけ“偶然”を増やしてやるさ」
「もう増やしてるくせに」
二人の会話をよそに、
前借亭の外では、夕焼けの中を二つの影が並んで歩いていた。
ひとつは、風のように軽やかな少年。
もうひとつは、山のように頼もしい男。
それは、まだ始まったばかりの物語――
“守りたいコンビ”の、最初の一歩だった。
次の話は、偶然が結びつけるチーム発足の話です。
お楽しみに
本日は、第1章の最終話まで投稿します。




