第20話 偶然の鍛冶場
夜の《前借亭》。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、
奥の小部屋には金属の軽い響きが鳴っていた。
カケルが机に工具を並べ、
小さな光球を浮かせて何かを細工している。
「……まさか、あなたが武具まで作れるとは思いませんでした」
後ろから覗き込むルシアナが言う。
「前借りスキルの副産物だ。大抵の神具くらいは再構築できる」
「“副産物”って軽く言わないでください。
王都の鍛冶師が泣いてますよ」
カケルは笑いながら、
黒い刃をそっと布で磨いた。
「フィンにはこれだな――風走。
もとは神速の聖剣 霊光刃の欠片だ。
重さを削って、速度特化にした」
「“風走”……ぴったりな名前ですね」
「でもそのままだと光りすぎる。ギルドでバレたら大騒ぎだ」
カケルは柄に薄い木目のカバーを被せる。
黒い膜が刃に薄く広がり、輝きを吸い取った。
「どう見ても古びた練習用短剣ね」
「見た目はチープで中身が神級。俺みたいだ」
「……自分で言う?」
「言わなきゃ伝わらないだろ」
ルシアナは呆れ顔で肩をすくめた。
「フィンがこれを使えば、自然と身体の流れに馴染む。
この剣は、所有者の意思を読む。
“誰かを守りたい”って気持ちで動くときだけ、本来の速さを出す。
そして使えば使うほどその速さは増す」
「つまり、利己的に振るうと能力が出せない」
「そういうこと。そして育成型神具ってやつだ」
ルシアナがふっと笑った。
「あなたって、こういう時だけ真面目ね」
「偶然、だよ」
「その偶然、都合良すぎます」
カケルは次に、
厚い鉄板2枚の間に一枚の盾を挟みこんでいた。
「こっちはボビン用。返閃星弓を使う。
敵の攻撃を二倍にして返すってやつ。
神界の防衛神が使ってたようだが、まあ、扱いづらくてな」
「そのまま渡したらボビンさん、町ごと吹き飛ばしますね」
「だから、こうして“鉄板サンド”だ。」
カケルは片手で印を結び、
鉄板と盾の接合部に薄く光る封印紋を刻んだ。
「これで“反射”は封じた。
でも耐久はそのまま。
下手なドラゴンのブレスでも凹まないはずだ。
鋼殻方陣とでも名付けるか」
「重くないですか?」
「ボビンなら大丈夫。“本気で守りたい奴”ができた人間は、
どんな重さでも持ち上げる」
ルシアナが少しだけ真面目な声で言う。
「……あなた、優しいわね」
「偶然、だよ」
「また出た」
カケルは封印を終えると、
机の上に二つの武具を並べた。
ひとつは風の短剣。ひとつは重厚な盾。
そして、それぞれの封印が光の帯でそっと覆われる。
「封印完了。《封呪コード:Lv9999仕様》――完全解除権限、俺のみ」
「つまり、真の力を出す必要があるとき、あなたが立ち会う必要がある」
「ま、そうなるな。
しかし、闘いの中で部分的に封印が解けるかもしれないが。
最初から神級の力に頼ってしまっても良くない。
危ないしな。
……ラスボスのラグナ・ヴェルズの部下と言われている四魄柱が動いたら、
きっとこいつらも戦場で闘うだろう」
ルシアナの瞳が少し揺れた。
「戦わせるんですか?」
「守りたいって言葉を選んだ奴には、
“守る力”を与える責任がある。
……使うかどうかは、あいつら次第だ」
その声には、かすかな寂しさがあった。
ルシアナはそっと微笑む。
「昔のあなたなら、全部自分で背負おうとしていましたよね」
「今は、任せられる奴がいる。それだけだ」
カケルが立ち上がる。
手にした短剣と盾がわずかに共鳴して、
低い音を立てた。
◇
翌朝。
フィンとボビンが、前借亭の裏庭で呼び出されていた。
カケルが二人の前に布包みを置く。
「登録祝いだ。中身はただの武器。たぶん」
「たぶんって何ですか」
「開けてみろよ」
フィンが布を開くと、
そこには木目の美しい柄の短剣があった。
「すごい……軽い!」
「“風を切る”って感覚、わかるか?」
「はいっ!」
フィンは握りを確かめ、数度素振りをした。
空気がほんの一瞬だけ、音もなく裂けた。
「……え、今の何?」
「錯覚だろ」
「錯覚じゃなかったです!」
ボビンの前には、分厚い鉄板に挟まれた盾。
見た目はただの工業用品だ。
「これ、ちょっと大きいな」
「持ってみろ」
ボビンが手を添えた瞬間、
盾は嘘のように軽く持ち上がった。
「……不思議だ。重さが、ちょうどいい」
「それが自分に合ってるってことだ。
盾ってのは、持つ者の意思で軽くなるもんだ」
ルシアナが腕を組んで微笑む。
「はい、フィン。ボビン。これがあなたたちの“初期装備”です」
「初期……?」
「でも油断しないで。中身は――ただの扱いやすい短剣と丈夫な盾」
「え?」
「……たぶんな」
カケルが笑ってごまかす。
フィンとボビンは顔を見合わせ、同時に頷いた。
「ありがとうございます!」
「大事に使わせてもらう!」
ミュコがカウンターから「ぷにゅ♪」と跳ね、
パンの香りが風に乗った。
その瞬間、カケルの視界に光が浮かぶ。
《感情発生:感謝・期待120,000 ルーメ》
「……悪くない数値だ」
「今見るの、ほんとやめてください」
「見なきゃ“返済”できないんだよ」
「現実的すぎて夢がありません!」
フィンが短剣を腰に下げ、ボビンが盾を背に背負う。
どちらも神の力を封じられた、ただの“短剣と盾”。
だが、心の中には確かに燃えるものがあった。
「行こう、ボビンさん」
「おう。守りたい奴がいるなら、立ち止まる暇はないな」
二人が歩き出す。
その背中を、カケルとルシアナが見送った。
ルシアナが小さく呟く。
「封印の中に、あなたの“想い”も入ってるんでしょう?」
「さあな。
ただ――偶然、力が宿っただけだ」
「……それ、あなたの“ありがとう”ね」
ルシアナが微笑むと、
カケルは苦笑しながら窓の外を見た。
朝の光が二人の背中を照らす。
新しい風が、確かに吹いていた。
今年も今日で最後。
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次の話は、守りたいコンビの初依頼です。




