第14話 ブライトソード団、現る!
昼の《前借亭》は、昨日以上の賑わいを見せていた。
「樽が爆ぜた喫茶店」という奇妙な噂が町に広まり、面白半分の客たちが押しかけていたのだ。
カウンターの奥で、カケルがカップを拭きながらぼそりと呟く。
「……人気の出方が完全に間違ってるな」
ルシアナが苦笑する。
「でもお客が増えるのはいいことよ。“偶然”の成果にしては上出来じゃない?」
「おい、それ俺の専売特許だぞ」
「ええはい、“偶然業組合代表”ね」
その会話に合わせるように、厨房の奥から小さな声がした。
「ぴゅい!」
スライムのミュコがオーブンの前でぷるぷると揺れ、焼き上がったパンのトレイをちょこんと押してくる。表面はきれいなきつね色、湯気は軽やか。
「ミュコ、温度管理ありがとう。今日も満点」
「ぴゅい♪」
ルシアナが笑ってトングを持つ。
「主役はパンとミュコ。さ、出してちょうだい」
そんな軽口を交わす二人の耳に、勢いのある声が飛び込んできた。
「おう! ここが噂の爆発ランチの店か!」
ピカピカの鎧に真新しいマントを羽織った三人の若い冒険者が入ってきた。胸の紋章には金文字で《ブライトソード団》――“輝く剣”の名を掲げている。
ルシアナが小声で囁く。
「彼ら、最近ギルドで初依頼を達成したらしいわ。調子に乗ってるのね」
「初成果でこのテンションか。眩しすぎて目が痛ぇ」
リーダー格の男がカウンターに近づき、
「俺達にも派手なランチ、頼むぜ!」
「派手なのはうちの皿くらいだ」
カケルが淡々と返す。
その時、扉の鈴が鳴った。ノエルとグレンが並んで入ってくる。
どこかぎこちないが、二人の手には“ペア・ランチ半額券”。
ブライトソード団のリーダーがニヤリと笑う。
「おやおや、ギルドの受付嬢さんじゃねぇか。こんなところで昼デートとはな!」
「ち、違います! そんなんじゃ――!」
ノエルが真っ赤になる。
カケルはカウンター越しに静かに睨み、ルシアナも眉をひそめ、トレーを少し強く置いた。
ミュコはカウンター端に移動して、心配そうに“ぷるり”と震える。
グレンが一歩前に出て、
「……ここは食事の場だ。喧嘩を売るなら外に出ろ」
低く、よく通る声だった。
リーダーは鼻で笑う。
「お前……前に討伐で逃げて来たやつだろ?」
店の空気が一気に凍る。
ノエルが慌てて立ち上がる。
「逃げた? 違います!グレンさんは皆を守って生き残ったんです!」
「おい、受付が口出すな!」
「いい」
グレンが低く遮った。
「逃げたってのは、仲間を見捨てて生き延びた奴のことを言う。……俺は仲間を守って生き残っただけだ」
その言葉に、店中が静まり返る。ミュコも“きゅ”と小さく鳴いて固まった。
リーダーは舌打ちした。
「へっ、魔獣も退治できずに、ただの生き残りが英雄面かよ。剣比べでもしてみるか?」
「ここで刃物を抜いたら、三倍料金だ」
カケルが静かに言った。
「ギルド経由で請求する。うち、代金回収はきっちりさせてもらうぞ」
その声の冷たさに、リーダーの額に汗が滲む。
沈黙。空気が張り詰めた、その瞬間――。
カケルが視線を上げ、天井の紐を引いた。
「――“偶然の陽の光”」
カシャン、と音がして天窓のブラインドが開く。
射し込んだ陽光が店のガラス窓や壁の鏡に反射し、カケルが指を鳴らすと、
それぞれの角度が、まるで意志を持つかのように微妙にずれていく。
光が幾重にも重なり、ひとつの焦点に集まった。
それは、リーダーの鎧の胸元――
「う、うわっ!? 熱っ! あっつううう!」
リーダーが飛び上がり、慌てて店を飛び出す。仲間たちも狼狽して後を追った。
ミュコは慌ててカウンターの上から“ぷしゅっ”と微細な蒸気を吐き、光をかすかに散らす。
カケルはすぐに紐を引き戻し、天窓のブラインドを閉めた。光が途切れ、店内に静けさが戻る。
扉が閉まると、客たちの間に笑いと安堵が広がった。
《感情発生:安堵・笑い50,000 ルーメ》
ルシアナがため息をつく。
「あなた、本当に偶然で片づけるのが上手ね」
「偶然ほど手間のかからないものはない」
カケルは淡々と答え、コーヒーを注ぎ直した。
「いつものランチ二つ、今用意するな」
ミュコは「ぴゅい!」と得意げに跳ね、カウンターの上で小さく拍手みたいにぷにぷに震える。
ノエルは小さく息を吐き、グレンの方を見た。
「……ありがとうございました」
グレンは照れくさそうに頭をかいた。
「いい。俺も腹が減って気が立ってただけだ」
二人は落ちついて同じテーブルで食事を開始する。
ミュコがぴょんと跳んでノエルの皿の端をちょんと突く。
焼きたての小さな丸パンが、ころん、と転がってくる。
グレンの皿も同様に丸パンを転がす。
「ミュコからのサービス?」
「ぴゅ♪」
ルシアナが笑って頷く。
「人気者は気前がいいのね」
《感情発生:信頼・絆100,000 ルーメ》
◇
昼の忙しさが去った後、扉の外に大きな影が差した。
ドアを開けて入ってきたのは、大きな荷物を背負った筋骨たくましい男。
しかし、腰には一本の武器もない。
男は小さな声で言った。
「……俺みたいなのが、入ってもいいか?」
カケルはすぐに微笑んで言った。
「いらっしゃい。もちろん大歓迎だ」
男は安心したように頭を下げた。
「助かる……昼、まだやってる?」
「ええ。席も、パンも、まだ残ってるわ」
ルシアナが案内する。
「初めての方ですね。ようこそいらっしゃいました」
男は静かに腰を下ろし、
「……俺はボビン。ポーターだ。荷運び専門の、ただの男だ」
ルシアナが首をかしげる。
「ただの荷運び……にしては随分、身体が仕上がってるわね」
「さぁな。筋肉だけは勝手につくんだ」
ボビンが照れくさそうに笑った。
ミュコがテーブルの脚元まで跳ねていき、ちょこんと寄り添う。
「ぴゅ……?」
「ん、よろしくな」
ボビンが小さく手を振ると、ミュコは金色にきらっと色を変えた。気に入った合図だ。
カケルはじっとその姿を見つめ、小さく呟いた。
「……A級冒険者並のポテンシャル、ってとこか」
ルシアナが目を細める。
「え?」
「いずれ分かるさ」
店の外では、陽光が再びきらめき、《前借亭》の看板をやわらかく照らしていた。
カウンターの上で、ミュコが満足げに「ぴゅい」と鳴き、焼きたてのパンの香りがふわりと広がった。
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次の話は、ボビンが実力を示します。
お楽しみに。
※本日も2話投稿します。
また、平行してもう一つの連載を開始しました。
「魔法使いが束になっても、俺の詠唱「カバディ」は止められない」
https://ncode.syosetu.com/n8966lm/
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