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異世界召喚されたので、『前借スキル』で速攻ラスボスを倒して楽をしようとしたら、理不尽にも“感情負債140億ルーメ”を背負うことになったんだが?  作者: 早野 茂
第1章 異世界召喚と「前借(まえがり)スキル」、そして140億ルーメの感情負債

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第13話 パンと誤解とコーヒーの香り

 昼どきの《前借亭》は、まるで市場のような賑わいだった。

 焼きたてのパンの香りとスープの湯気、そして客たちの笑い声が絶え間なく続く。

 カウンターの奥で、カケルがカップを並べながらぼそりと呟く。

「……戦いより、人の腹を満たすほうが骨が折れるな」

 ルシアナがくすりと笑う。

「前借スキルで“世界を救った男”の言葉とは思えないわね」

「一撃で終わった戦より、今の方が生きてる感じがする」

「ふふ。そういう感覚、悪くないわ」

 厨房の奥から、ぷるぷると小さな音がした。

「ぴゅい!」

 スライムのミュコが、オーブンの前で小刻みに揺れている。

 体の色はこんがりとした黄金色――パンの焼き上がりサインだ。

「ミュコ、上出来だ。表面もふっくらしてる」

「ぴゅい!」

 ミュコは嬉しそうに跳ね、湯気を立てるトレイを持ち上げて運んできた。

 その姿を見て、ルシアナが微笑む。

「今日の主役はパンとスライムね」

「どっちも膨らみ具合が命だ」

「……うまいこと言ったつもり?」

「もちろん」

 その時、扉の鈴が鳴った。

「すみません……! 遅くなりました!」

 息を切らせて入ってきたのは、ギルド職員のノエルだった。

 髪を押さえながら、少し息を整えて笑う。

「やっと上司が戻ってきたので、今から昼休みなんです」

「お疲れさん。パン、ちょうど焼けたところだ。スープ付きでどうだ?」

「いただきます!」

 カケルが皿を差し出し、店内を見回す。

「……今は混んでるな。あそこしか空いてないけどね」

 指先で示されたのは、奥の席。

 銀髪の男――グレンが、一人でパンを食べていた。

「え、あの……相席でも?」

「グレン、構わないよな?」

「……ああ、どうぞ」

「だそうだ」

「す、すみません。では……」

 ノエルはおずおずと腰を下ろした。

 パンの香りが鼻をくすぐる。

 スープをひと口――体の芯まで温かくなる。

「……おいしい」

 こぼれた一言に、グレンがちらりと目を向ける。

 だが何も言わず、パンをちぎって口に運んだ。

 沈黙。けれど、不思議と居心地は悪くない。

 客たちのざわめきと食器の音が心地よいリズムを刻んでいる。

 カウンターの奥で、カケルが腕を組んで二人を眺めていた。

「……悪くない雰囲気だ。でも、ちょっと動きが欲しいな」

「あなた、退屈すると碌なことしないのよね」

「軽く、だ。軽くスパイスを。“偶然のナッツ”でいこう」

「そのネーミングセンス、ほんとどうにかならないの?」

 そのとき、扉が乱暴に開かれた。

「おいっ! 誰に断って店出してやがんだ!」

 現れたのは、以前露店で老婦人に因縁をつけていたチンピラだった。

 右腕にはまだ包帯が巻かれ、顔には古い傷跡。

「この通りは俺のシマなんだよ!」

 怒鳴りながら踏み込んだその瞬間、

カケルがポケットからナッツを一粒取り出し、

 親指と人差し指で弾き、低く呟く。

 「――“偶然のナッツ”」

 ナッツは音もなく弧を描き、入口脇の空の樽のたがに命中。

 カン、と軽い音のあと、

 空気が一瞬だけ震えた。

 ――パチッ。

 箍がわずかに光を帯び、次の瞬間、全ての金属輪が一斉に外れる。

 それは共鳴によって、一瞬輪の大きさが変わったかのようであった。

 ――バンッ!

 樽が弾け、板片が四方に飛び散る。

 木片がチンピラとノエルの方へ――!

「危ない!」

 グレンが椅子を蹴って立ち上がり、ノエルの前に飛び出す。

 破片が彼の肩をかすめ、床に転がった。

 一方チンピラは腕に直撃を受け、転げ回る。

「うわああ! 腕がぁぁ!お、覚えてろよぉ〜!」

 情けない悲鳴を上げながら、店を飛び出していった。

 店内に静寂が戻る。

 ノエルは呆然とグレンを見上げた。

「け、怪我は……?」

「かすり傷だ。あんたが無事なら、それでいい」

 ノエルの頬が赤く染まり、声が小さく震えた。

「……ありがとうございます」

 グレンは少しだけ視線を逸らす。

《感情発生:勇気・献身300,000 ルーメ》

 カケルが涼しい顔でカウンターから出てくる。

「いやぁ、樽ってのは時々弾けるんだな」

 ルシアナは飛び散った板を片づけながら首を傾げる。

「樽が時々弾けるって……普通は無いと思うんですけど」

「そうかい? 俺は二回も見てるぞ」

 カケルが肩をすくめる。

 ミュコがカウンターの上から“ぴゅい”と鳴き、

 飛び散った木片をぷるぷると吸い取って片づけ始めた。

 ルシアナが笑う。

「まったく、こっちの掃除の方が早いわね」

「働き者だからな。俺よりよっぽど真面目だ」

 グレンが口を開いた。

「俺も二回目だ。……確か、あの時も樽が爆ぜた気がする」

 カケルは眉をひくりと動かし、「やべ」と小声で呟いて視線を逸らした。

 ルシアナは笑いをこらえながら、二人を見比べた。

 カケルは咳払いして誤魔化し、封筒を取り出す。

「騒がせたお詫びに“ペア・ランチ半額券”だ。二人で使ってくれ」

「えっ、ペア?」

「一緒に来た時だけ使える。昼時は混むから、二人で来てくれた方が店も助かるしな。

二十五枚、つまり約一か月分だ」

 グレンが封筒を受け取り、少し笑う。

「その日暮らしの冒険者にはありがたい。……明日、迎えに行く」

「え……はいっ! 私も昼食代が浮いて助かります!」

 食事を終え、二人が並んで店を出ていく。

 扉の鈴が鳴り、午後の光が差し込む。

 その瞬間、カケルの視界にウィンドウが浮かんだ。

 《感情発生:恋燃え始め2,000,000 ルーメ》

「……桁が違うな。恋ってのは燃え始めるとエネルギー効率がいい」

 ルシアナが目を輝かせる。

「すごい! 本当にこんなに上がるのね!」

 カケルはコーヒーを啜りながら、ぼそりと呟く。

「さて、いつまで高ポイントでいけるか、だな」

「もう、夢がないわね」

「現実的って言えよ」

 ミュコがカウンターの上で「ぴゅい!」と鳴き、

 ルシアナも微笑む。

 カケルは笑いながら、残りの散らばった板を拾い上げた。

 焦げ跡の残る箍が、カケルの“偶然”の証として床に転がっていた。

 パンの香りと午後の光が、静かに店を包んでいた。

次の話は「ブライトソード団、現る!」の巻。

お楽しみに。


※現在、平和的な日常回が続きますが、水面下では新たな敵とのバトルを準備中です。

年末に向けて、その動きの中で第1章が終わり、

来年より新たな敵との闘いに向けた第2章が始まります。

楽しんで頂けましたら幸いです。


また、平行してもう一つの連載を開始しました。

「魔法使いが束になっても、俺の詠唱「カバディ」は止められない」

https://ncode.syosetu.com/n8966lm/

もよろしければ、こちらもお読み頂けましたら幸いです。

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