エピローグ いつもの場所
──神界から戻ってきた翌朝。
レベリスの空は驚くほど澄んでいた。
戦いの日々が嘘みたいに、町はいつも通りの喧噪に満ちている。
カケルは《前借亭》の裏口で大きく伸びをした。
「……はぁぁぁ……帰ってきたなぁ」
青い空。
外を歩く人たちの声。
コーヒーと焼きパンの香り。
ミュコが店先の石畳の上で「ピュイ」と転がる音。
どれも“いつもの音”だった。
(帰ってきた……本当に)
◇
「カケルさーん! こっち手伝ってください!」
ミレイユが店の前から呼ぶ。
両手に資料と工具を抱えているその姿は──
戦いの日々の天才研究員ではなく、
ただの“忙しい町の技術屋さん”だ。
「はいはい、今行くっての」
「だ、だから急にテーブル魔術式を拡張したら駄目だって言ったのに!
ほら、焦げてる!!」
ミレイユの横で何かを隠すように立つグレン。
「ちょ……ちょっと調子に乗っただけだろ!?
昨日ラグナ倒した英雄様の余韻がだな……」
「余韻で店燃やさないでください!!」
騒がしさに、カケルは思わず笑った。
◇
店の裏では、ボビンが静かに鍋を混ぜていた。
「……スープ。」
「お、いつものやつか。助かる」
「……ほら。」
差し出された器は、湯気と優しさに満ちていた。
「ボビン、お前……最高だな」
「……ぬるい。」
照れ隠しなのか、いつもの口癖なのか。
カケルはその曖昧さすら愛おしく感じる。
◇
通りの向こうから、フィンが走ってくる。
「カケルさーん!!
今朝、街道沿いに新しい花が咲いてました!」
「お、ほんとか。どんなやつ?」
「黄色で……すっごく明るくて……!
なんだか、“新しい始まり”みたいな感じなんです!」
「そっか……いいな、それ」
その一言だけで、胸が温かくなる。不思議だ。
◇
そして──
「カケル」
ルシアナが店の入口に立っていた。
もう“女神”ではない。
ただの「ルシアナ」という一人の女性だ。
「お疲れさま。
ちゃんと……ゆっくり休めた?」
「んー……どうだろな。
まぁ、こういう騒がしい朝なら……悪くねぇよ」
「ふふ。あなたらしいわね」
ルシアナは、ふっと笑う。
「でもね……
あなたと出会ってから、私も“感情”に救われてきたのよ」
カケルは少し照れた。
「こっちも……色々助けられたけどな」
「これからも……どうか一緒にいて」
その言葉はとても静かで、
けれどどんな神の声より力強かった。
「当たり前だろ。
一緒に生きてくんだよ、これからも」
◇
店の看板が風でカタカタ揺れる。
風は、優しく通り抜けた。
(……風ってのはさ。
一人じゃ吹けないんだよな)
(誰かと交わって、触れ合って、
その中で初めて“流れ”になる)
(俺はもう、風を閉じ込めるような生き方はしねぇ)
カケルは空を見上げた。
青空の向こう。
彼方へ続く風の道。
(これからもきっと、
仲間と一緒に歩く──)
◇
ミュコがカケルの肩にぴょんと乗る。
「ピュイ!」
「おう。行くか、ミュコ」
扉を開けると、
今日の“いつも通りの一日”が待っていた。
「いらっしゃいませー!!
前借亭、本日も元気に営業中です!!」
仲間が笑い、
人々が集い、
風が通り抜ける店。
(──ああ、やっぱりここが……)
「……俺の帰る場所だ」




