第10話 減らない借金と、笑顔の違和感
――数日後のリベリスの朝。
陽光が差し、通りには笑い声が戻っていた。
パン屋から香ばしい匂いが流れ、子どもがはしゃぐ。
けれど、カケルの表情は晴れなかった。
広場のベンチで、透明なウィンドウを見つめている。
《現在負債:約147億219万ルーメ》
《昨日の返済:0ルーメ》
「……おかしいな」
「おかしい、とは?」
ルシアナがパンを半分に割りながら首を傾げた。
「昨日、町中が喜んでたじゃん。
英雄の誕生でみんな泣いたり笑ったりしてた。
感情は動いてた。
なのに返済が“ゼロ”。
それどころか――」
カケルは画面を指差した。
「負債が増えてる」
ルシアナの手が止まり、パンの欠片がぽろりと落ちた。
「……利息、ですね。一定期間ごとに帳簿に反映されます」
「利息?」
「はい。
あなたが前借スキルを発動した瞬間から、
“負債は返済されるまで増え続ける仕組み”が働いています。
世界が受け止めきれない感情のゆらぎを、
時間経過で“利息”として上乗せするんです」
カケルは眉を寄せた。
「え、じゃあ……
返済がゼロだった日は、その分だけ負債が自動で増えるってこと?」
「そうなります。
今みたいに、浅い笑いや形だけの安心では“返済”として帳簿に届きません。
だから――利息だけが積み続けられる。」
通りの人々は確かに笑っている。
でも、その笑いにはどこか空洞があった。
「英雄の余韻ってもっと続くもんだろ。
本物の感情なら、多少は返済されてもよさそうなのに……」
カケルの呟きに、ルシアナは静かに頷いた。
「……今の人たちの感情は、“薄い”んです。
無感化が進んだ人の心は、波が浅すぎて数字に反映されない。
笑っても泣いても、心の底まで震えていない。
だから返済ゼロ。
そして利息だけが積み上がる。」
「なるほど……」
カケルは腕を組み、ウィンドウをにらんだ。
《147億219万ルーメ》
《黒至点:150億ルーメ》
「……このままだと、放っとくだけで150億を超えるな」
ルシアナの肩がわずかに震えた。
「ええ。
負債が150億ルーメに達した瞬間――
“黒至点”が作動します。」
「黒至点?」
「感情負債が許容量を超えた時、
神界の安全装置が世界を一度“無”に戻す。
命も記憶も感情も。
全てを消し去り、新しい循環を作り直すために。」
空気が一瞬止まった。
「……俺たちの世界が、初期化されるってことか」
「はい。
あなたが何を守っても、誰を救っても、
黒至点を越えた瞬間にすべて消える。
だから――止めなければならないんです。」
ルシアナの声は震えていたが、瞳だけはまっすぐだった。
カケルはしばらく空を見上げ、ゆっくり息を吐いた。
「笑いも涙も、全部“世界を生かす燃料”か。
だったら、俺がやることは一つだな」
「仕事、という顔ですね」
「利息が勝手に積み上がるなら、
その前に“本物の感情”で返済してやるだけだ。
――火を絶やさねぇようにする。」
ちょうどその時、ミュコが肩に飛び乗ってきて“ぷに♪”と鳴いた。
「ルシアナ、飯でも食いながら作戦会議しようぜ」
「だから毎回そこに繋げるのやめてください!」
「空腹は感情の敵」
「それ、全然理屈じゃありません!」
二人の軽口が戻る。
けれど、その奥には確かな危機感があった。
いまリベリスが笑っていても、負債は利息で増え続ける。
そしてその事実を知っているのは――彼らだけだった。
次の話で感情負債を返済するために、カケルは行動を起こします。
どんな行動か?
※今回、説明的な話になってしまいましたので、次の話も同日投稿しています。
引き続きお楽しみください。




