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昔、自分をいじめていた奴と友情は成り立つのか

作者: 森の ゆう
掲載日:2025/11/14

会社帰りのバス停で、俺はその名前を聞いた。

「なあ、佐伯。中学ん時の山岸って覚えてるか?」

同僚の何気ない一言。飲み会の流れで出た昔話に、突然“その名”が混ざった。

忘れたかった。

いや、記憶の奥に押し込めただけだ。

机に描かれた“死ね”の落書き。

背中に浴びせられた悪口。

体育倉庫に閉じ込められ、夕暮れまで一人で泣いていた。

その中心にいたのが、山岸だった。

「……覚えてるよ」

声が震えたのが自分でもわかった。

同僚は気づかず笑っていた。

「アイツ、最近見かけるんだよな。駅の近くの定食屋で働いてるっぽいぞ」

その瞬間、胸の奥がざわついた。

恐怖なのか怒りなのか、あるいはその両方なのか。

会いたくなかった。

でも——どこかで、会わなきゃいけない気がした。

数日後。

仕事帰りにその定食屋の前を通ると、夕食時でにぎわっていた。

そして厨房で動く姿を見つけてしまった。

——山岸だ。

昔と違う。

痩せたのか、雰囲気がやけに落ち着いている。

でも顔は間違いなかった。

俺の足は勝手に店の中へ向かっていた。

席に座り、注文し、運ばれてきた料理を見つめる。

そして山岸が、俺を見つけて固まった。

「……佐伯?」

名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。

十年前の教室に戻ったような感覚に襲われる。

「久しぶりだな」

なんとかそれだけ返すと、山岸は気まずそうに視線をそらした。

「ちょっと……いいか? 休憩入る」

店の裏口に出ると、冬の風が吹いていた。

山岸は深く頭を下げた。

勢いよく、まるで地面にぶつかりそうなほど。

「本当に……すまなかった。

あの時、俺たちがやったこと……最低だった」

声は震えていた。

昔の山岸なら、こんな風に謝る姿なんて想像すらできなかった。

「謝って済む問題じゃないだろ」

俺は静かに言った。

怒鳴りはしなかった。でも胸の中では嵐のように感情が渦巻いていた。

山岸は唇を噛み、ゆっくりと言葉を絞り出した。

「わかってる。

いじめた側が何言っても、許される資格なんかない。

ただ……俺はずっと、自分のしたことを悔やんでた。

あの頃の俺は、本当に弱かった。

みんなに合わせることしかできなくて……でも、そんな言い訳、通用しないよな」

俺はしばらく黙っていた。

“許せない”という気持ちは確かにある。

でも——“許したくないだけ”なのかもしれない、という思いもあった。

「……なんで今さらなんだよ」

山岸は目を伏せ、吐くように言った。

「親が病気になってさ。看病して、嫌でも自分の生き方と向き合った。

そしたら……俺、誰に対してもまともに向き合ってこなかったことに気づいたんだ。

特に、お前に」

その言葉は嘘ではなかった。

少なくとも、俺にはそう見えた。

「なあ、山岸。友情ってさ、ゼロから積み上げるもんだろ。

でも俺たちは、マイナスからなんだよ」

俺の言葉に、山岸はゆっくり頷いた。

「マイナスでいい。

そこから……いつかゼロに戻せるように頑張りたい。

今日会えたのは、最後のチャンスだと思ってた」

風が吹き、二人の間の沈黙が少し軽くなる。

「……いきなり友達は無理だ。正直、まだ怖い」

俺がそう言うと、山岸は少しだけ笑った。

悲しさと安堵が混ざったような笑みだった。

「わかってる。

でも、話すくらいなら……またしてくれないか?」

しばらく考えた。

十年前の俺なら、絶対に許さなかっただろう。

けれど今の俺は、大人だ。

心の傷が消えたわけじゃない。でも——

「……話すくらいなら、いい」

そう口にした瞬間、胸の奥に張り付いていた硬い氷が、少しだけ溶けた気がした。

山岸はほんのわずか、肩の力を抜いた。

「ありがとう。

いつか“友達”って呼んでもらえるように……ちゃんと変わり続ける」

その後、たまに連絡を取り合うようになった。

距離はある。

疑いも残っている。

でも会うたび、山岸は誠実に向き合おうとしていた。

十年前の影はまだ完全には消えない。

けれど、その影に怯えるだけの自分も、少しずつ変わっていく。

友情が成り立つかどうかは、まだわからない。

答えは急には出ない。

ただ、一つだけ確かに言える。

——過去は消えない。

でも、人は変われる。

そして変わった人間に、もう一度向き合う勇気もまた、未来を変える。

それが、俺が一歩踏み出して知った“答えの途中”だった。


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