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第7章 「歪んだ正義」

「止まれ!!!」


怒号とともに、王城の石造りの廊下を松明の光が追いかけてくる。

鉄の鎧がぶつかり合い、ジャックたちの槍の音が壁に反響した。

血のような赤い警報灯が回りはじめ、静寂の城が一転して戦場のような騒がしさに変わる。


「急げ、シアン!」


ジョーカーが叫ぶ。

長いマントが暗い廊下をはためき、鈴の音が走るたびに響いた。

後ろを振り返ると、数十人のジャックたちがこちらに向かって駆けてきている。


「くそっ……あいつら速すぎる!」

「だろうな。奴らは“選ばれた”剣だ。けどな――」


ジョーカーがカードを一枚、後ろに放った。

――爆ぜた。

まるで火薬のような光が廊下を裂き、炎と煙が立ち込める。

兵士たちが一瞬ひるむ。その隙にジョーカーは跳ねるように進み、シアンを引きずる。


「選ばれなかった俺たちには、“選ばれたルール”なんか関係ない!」


ーーーー


二人は地下への抜け道を駆け降りた。

壁に張りついた苔と湿った空気が、足音を吸い込んでいく。

何度も曲がる細いトンネルは、かつて城の建設時に作られた隠し通路――

スートの誰も知らない“外側の道”だ。


「……ジョーカー!」


走りながら、シアンは息を荒げて叫んだ。

「どうして……あんな大事なもん、俺に見せたんだ!」

「どうしてって?」


ジョーカーは振り返らずに言う。


「簡単さ。――おまえがもう引き返せないようにするためだよ」

「……っ!」


胸の奥が締め付けられる。

怒りでも、悲しみでもない。

それは、自分がもう“元の世界”には戻れないという確信だった。


ーーーー


地上に出ると、夜の空気が冷たく頬を刺した。

城壁の外、森の手前の丘まで一気に駆け抜け、二人はようやく足を止める。

遠く、城の上空では松明の群れが揺れていた。

逃げられたことに気づいたジャックたちが、城全体を探している。


「なぁ、シアン」


ジョーカーは夜空を見上げながら、楽しげに言った。


「おまえ、もう“ただのニエンテ”じゃないんだよ」


「……俺は……」


言葉が喉で詰まる。

心臓の奥がずっと熱い。

怖い。怖いはずなのに、もう戻ろうとは思わなかった。


「……俺は、あの“心臓”を見た。

見なかったふりなんて、もう……できない」



その時ーー

城壁のほうから、鋭い金属音が夜を裂いた。


「――いたぞ!」


黒いマントを翻した数名の兵士が現れた。

胸に刻まれているのは、スペードの紋章――ジャック直属の精鋭部隊。


「ジョーカーと……ニエンテ……!」

「捕らえろ! これは反逆だ!!」


「反逆……」


その言葉に、シアンの胸がちくりと痛んだ。

ほんの数日前までは、彼もその“正義”を信じていた側だった。

王国の秩序を守るのはジャックであり、スートの民が平和を支える。

自分はただ“選ばれなかった”だけだったのに――

今や彼は「敵」だった。


「なぁ、シアン」


ジョーカーが囁くように言った。


「“正義”ってのは、持ってる奴の数で形を変える。

今は奴らの正義が“世界”ってだけの話さ」


「そんなもんが……正義なわけあるかよ……!」


兵士たちが剣を構え、一斉に駆けてくる。

ジョーカーが懐から数枚のカードを取り出し、空へと投げた。

月明かりを反射して光るカードが宙に舞い、

次の瞬間、夜空に赤と黒の幕が張られたように広がる。


「“仮面の舞台”だ。――踊ろうぜ、シアン!」


「……くそ、やるしかないか!」


シアンは拾っていた金属棒を両手に構えた。

手にしたのは剣ではない。だが、恐れよりも先に熱が走る。


最初の兵士が突っ込んでくる。

剣が月光を裂いた――

シアンは息を止め、体をひねって棒をぶつけた。


金属音が響き、火花が散る。

重い衝撃が腕を伝い、身体が揺らぐ。

でも――折れなかった。


「(俺は、もう“何者でもない”ままじゃいられない!)」


ーーーー


ジョーカーが舞うように兵士たちの間をすり抜け、手にしたカードが刃となって光を弾く。

鈴の音が夜を切り裂くたびに、スペードの剣士たちがひるむ。

シアンも無我夢中で走り、叩き、避けた。

戦い方なんて知らない。それでも、足は止まらなかった。


「いいね、その目だ!」


ジョーカーが笑う。


「“選ばれなかった奴”は、誰より強いんだよ! だって、もう失うものなんてないからな!」

「うるさい!」


叫びながら、シアンは目の前の兵士の剣を棒で受け止め、渾身の力で振り払った。

体勢を崩した兵士が倒れ、夜の地面に剣が転がる。


ジョーカーがそれを拾い、シアンに投げた。

「――おまえの剣、だ」


手にした瞬間、胸の奥が鳴った。

選ばれなかった少年の手に、初めて「武器」が宿った。


ーーーー


戦いは長くは続かなかった。

兵士たちが退き、暗がりの中へと消えていくと、ジョーカーは深く息をついた。


「……ふう。最初の舞台にしては、上出来だな」


「……なんで、笑っていられるんだ」


「笑うしかないだろ? おまえ、最高にいい顔してたぜ」


シアンは息を整えながら夜空を見上げた。

満月が城を照らしている。

その光は、もう以前のように“きれい”には見えなかった。


「……俺、もう……戻れないんだよな」

「戻る道なんて、最初からなかったさ」


ジョーカーは空を見上げ、口元だけで笑った。


「でもな、進む道はある」


ーーーー


「シアン・グレイ!」


城の方向から、甲高い声が響いた。

松明の光が夜を裂き、体勢を整えた兵士たちの群れが丘を包囲していく。

彼の名前が、彼を指す“罪”のように空に刻まれた。


――反逆者。


その瞬間、シアンはすべてを悟った。

もう、ただの少年ではいられない。

この夜から、自分は「敵」になるのだと。


ジョーカーが隣で、鈴を鳴らして笑った。

「最高の“舞台”にしようじゃないか」


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