第5章 「踏み込んだ真実」
薄暗い地下の街――ニエンテたちが暮らすその空間には、地上とはまるで別の時間が流れていた。
地上の朝が訪れても、ここには光が届かない。
代わりに、石壁に吊るされたランタンの灯りが、ゆらゆらとオレンジ色の息をしている。
シアンはその灯りをぼんやりと見上げながら、膝を抱えて座っていた。
昨日までとはまるで違う場所。
目の前には、見たこともない世界が広がっている。
「……やっぱり、信じられない」
「信じる必要はないさ」
声がして顔を上げると、ジョーカーが鉄のパイプの上に腰をかけ、足をぶらぶらさせていた。
「信じるかどうかじゃない。見るんだよ、シアン。――“現実”を」
ーーーー
広場の端では、何人もの大人たちが黙々と作業していた。
地上から持ち込んだ木箱を開け、中身を仕分けている。
パン、薬草、金貨、鉄――全部、地上のスートの管理下にあるはずのものだった。
「……これ、盗んでるのか?」
「“取り返してる”のさ」
ジョーカーは軽く肩をすくめる。
「ニエンテたちは生きるために、スートの連中の“余りもの”を奪うしかない。でも、それは泥棒じゃない。元は全部、俺たちから奪われたものだからな」
「奪われた……?」
「“スート制度”ってのは、最初から公平じゃなかったんだよ」
ジョーカーはパイプから飛び降り、ランタンの明かりの下に立った。
「おまえ、こう思ってるだろ。“選別”は神聖な儀式で、水晶玉が本当にその人の力を見てるって」
シアンは小さく頷いた。
幼い頃からそう教えられてきた。
王国に生まれた者なら、誰もが信じている“常識”だった。
ジョーカーは静かに笑った。
「じゃあ、教えてやる。あれはな――ただの選別じゃない。“選別されるように仕組まれた”儀式なんだよ」
「……どういうことだ?」
「水晶玉は力なんて見ちゃいない。スートの枠組みを守るために、“必要な人数”を振り分けてるだけさ。剣士が足りなければスペード、癒し手が多すぎればハートからはじき出される。
――余った奴らは、ニエンテになる。それだけだ」
「そんな……そんなの嘘だ!」
「嘘ならいいけどな。真実だから、みんな目をそらすんだ」
ジョーカーが指を鳴らすと、地下の奥から数人の男が大きな布を持って現れた。
広げられたその布には――古びた王国の地図が描かれていた。
シアンは思わず息を呑む。
地上の地図の裏に、もう一枚の線が重ねられている。
それは、スートの勢力分布と、“水晶玉が決めた階級の比率”を示していた。
年ごとに記された数字は、すべて計算され尽くしていた。
まるで、最初から「決められていた」かのように。
「これが、“神聖な選別”の正体さ」
ジョーカーの声は淡々としていた。
怒りも嘲りもない。ただ冷たく突きつけるような真実だった。
「でも……じゃあ……俺は……」
「“力がなかったから”じゃない」
ジョーカーが歩み寄り、シアンの目の前に立った。
「おまえは、“余った”んだよ。スートの中に収まりきらない、世界が必要としなかった存在として」
シアンの喉が詰まった。
怒りとも悲しみともつかない何かが、胸の奥で膨らんでいく。
「……そんなの、理不尽だ」
「そうだよ。理不尽なんだよ」
ジョーカーの目が、夜のように静かに光った。
「だから俺は、この国を壊す」
「壊す……?」
「スートもキングもクイーンも、水晶玉も。全部、最初から作り物なんだ。
“選ばれる”ことも、“選ばれない”ことも――操られてる」
ジョーカーは帽子を脱ぎ、深く頭を下げて見せた。
「なあ、シアン。“外”にいる者しか、この国の心臓には触れられない。俺と来い。――この世界の真ん中を、ぶっ壊してやろうぜ」
広場のざわめきが、少しずつ静まっていく。
ニエンテたちが息を潜め、ジョーカーとシアンの間を見つめている。
彼の言葉は、この地下に生きる全員の願いでもあった。
シアンは拳を握った。
頭の中に、選別のときの光のない水晶玉が浮かぶ。
笑顔のレオ、ミナの涙、自分を見なかった周囲の視線。
あの瞬間から、自分は「いなかったこと」にされたのだ。
「(――もし、本当に全部が嘘だったなら)」
胸の奥で、静かな何かが“カチリ”と音を立てて動き出した。恐怖はあった。
けれどそれ以上に、知らないままでいる方が――怖かった。
「……見せてくれ」
「ん?」
「その“真ん中”ってやつを。俺にも見せろ。……この世界の、全部を」
ジョーカーの顔に、ゆっくりと笑みが広がった。
「いい顔になったじゃないか、シアン」
鈴がチリンと鳴った。
それは、運命の歯車が静かに回り始めた音だった。




