第11章「沈黙の戦い」
塔が――叫んでいた。音のない咆哮。
その沈黙の波は、世界の輪郭そのものを削り取るような衝撃だった。
「来るぞ――!!」
ジョーカーが声を上げ、帽子の鈴を鳴らす。
――チリン!
澄んだ音が塔の空間を震わせ、沈黙の波と正面からぶつかり合った。
空気がきしみ、床がひび割れる。
塔の心臓――黒い結晶が、鼓動を荒立てるように光を放つ。
沈黙の兵が再び立ち上がった。
さきほど崩れたはずの兵士たちが、塔の怒りによって再構築されていく。
表情も声もない、沈黙そのものの存在。
「……こいつら、塔の意志の塊みたいなもんだ」
ジョーカーが息を吐く。
「音を鳴らし続けなきゃ、すぐに押し潰される」
ティアは唇を噛んだ。
「だったら、鳴らす……!」
胸の奥から、震えるような声を吐き出す。
「――あたしは、ここにいる!!」
塔全体が一瞬びくりと震えた。
ティアの声は、もはやただの叫びではなかった。
それは存在そのものを刻む音だった。
沈黙の兵が一斉に彼女に向かう。
だが、その前にジョーカーの鈴が割って入った。
――チリン、チリン!
弾けるような音が、無音の兵を一瞬で押し返す。
「……いい音だ。ちゃんと響いてる」
ジョーカーの声が静かに響く。
「エコー!」
ティアが振り返ると、エコーはまだ動けずにいた。
塔の声が彼の中でうずまいているのが、見てわかった。
「……ぼくには、音なんて――」
「ある!」ティアが遮る。
「塔に奪われただけ! でも、ちゃんと、ここにある!」
ジョーカーが鈴を鳴らした。
――チリン。
その音が、エコーの胸の奥を震わせる。
「……怖いんだ」
「怖いままでいい。怖い音も、ちゃんと音だ」
その一言が、エコーの心に火を灯した。
彼の足元から、かすかな振動が広がる。
それは最初、風のように弱く――でも、確かに音だった。
「……僕も……ここにいる!」
その瞬間、塔の心臓にさらに大きな亀裂が走った。
ティアの音とエコーの音が重なり、塔の沈黙を揺さぶる。
塔の反撃は容赦がなかった。
天井から、壁から、床から――沈黙の波が嵐のように押し寄せる。
音を押し潰し、存在を消そうとする怒りの力。
ジョーカーは前に出た。
「来いよ、塔……今度は負けねぇ」
帽子の鈴を、高く掲げる。
その小さな鈴が、塔全体に響くほどの光を放った。
それはただの金属の音ではない――記録の音だった。
「俺は昔、消されそうになった。余白として追い出され、名前も奪われた。でも――俺は残った。俺の音は、この鈴に残った!」
塔の沈黙と音が正面から衝突する。
空間がひび割れ、視界が白と黒の閃光で塗りつぶされた。
ティアが叫び、エコーが声を重ね、ジョーカーが鈴を鳴らす。
三つの音が一体となり、塔の“沈黙の心臓”を包み込んでいく。
「お前たちの余白を――俺たちは塗りつぶさせねえ!」
黒い結晶が悲鳴のような光を放った。
それは音ではないのに、確かに何かが軋む音がした。
――パリン。
塔の心臓に、決定的な亀裂が走った。
沈黙の波が崩れ、塔の支配が揺らぐ。
沈黙の兵たちが一斉に崩れ落ちた。
ティアが息を吐き、震える声で呟く。
「……壊れる……?」
ジョーカーは鈴を見下ろし、静かに頷いた。
「終わりじゃねぇ……始まりだ。盤面を、ひっくり返す」




