第10章「決意」
塔の裂け目から吹き出す風は、もはや風とは呼べないほどの圧力を持っていた。
それは音を押し潰し、存在そのものを「沈黙の内側」に閉じ込めようとする波。
まるで塔が――“生きている”と知らしめるかのように、全身で怒りを放っていた。
ジョーカーは、吹き荒れる沈黙の渦の中でゆっくりと帽子を押さえ、いつものようにふざけた笑みを浮かべた。
けれど、その瞳は――鋭く燃えている。
「(ああ、懐かしいな……)」
五年前。あの塔を壊した時と同じ空気だ。
息をするたびに喉が凍りそうになるような、冷たい空気。
塔の息吹。
あの時は、傍に少年――シアンがいた。
けれど今は違う。
今、隣にいるのはティアと――エコーだ。
「ティア、エコー」
ジョーカーはふたりの方を振り返った。
鈴の音が、沈黙の中で小さく鳴る。
「……塔を壊す」
ティアの喉が小さく震えた。
エコーは塔の声と自分の声のはざまで、まだ苦しそうな顔をしている。
「怖いか?」
ジョーカーの問いに、ティアは小さく頷いた。
「……怖い。でも、逃げたくない」
その声は震えていたが――確かだった。
あの草原で震えていた少女ではない。
今のティアは、自分の声を持つひとりの“余白”だ。
ジョーカーは口元を歪めるように笑った。
「そうこなくちゃ。怖いまま、進むのが本当の“カード”だ」
「……僕も……行く」
エコーがぽつりと呟いた。
「俺の声は、塔に奪われた。でも――あの日、捨てたんじゃない。奪われたんなら、取り返すだけだ」
その声は、かすれていたが確かに“塔の声”ではなかった。
初めて――エコー自身の声だった。
「よし」
ジョーカーは帽子の鈴を指先で弾いた。
――チリン。
沈黙の空間に小さく響く音が、不思議と温かかった。
「塔は盤面だ。俺たちがカードだ。だったら――勝負は、まだ終わっちゃいねぇ」
ティアは小さく笑った。
「……なんか、よくわかんないけど、ジョーカーが言うと信じたくなる」
「道化の特権さ」
塔が大きくうなった。
裂け目が広がり、黒い光が脈を打つ。
「……怒ってる」
ティアが呟くと、ジョーカーは軽く肩をすくめた。
「余白が音を鳴らすのが、塔にとっちゃ一番の屈辱だからな」
――音が鳴れば、沈黙は壊れる。
塔はそれを誰よりも知っている。
ジョーカーは帽子を脱ぎ、鈴を手のひらに包み込んだ。
「……これは俺の記録の鈴だ」
彼の声はいつになく静かだった。
「俺の過去も、憎しみも、誰かを許せなかった夜も――全部この音に詰まってる」
ティアはその鈴を見つめた。
小さな音が、こんなにも大きなものを壊す力になるなんて――かつては信じられなかった。
「だけど今度は、俺ひとりの音じゃ足りねぇ」
ジョーカーはティアとエコーを見つめる。
「お前たちの音がいる。お前たちの“声”が、塔の沈黙を壊す鍵だ」
三人は裂け目の前に並んだ。
塔の心臓――黒い結晶が強く脈打ち、沈黙が押し寄せる。
ティアは胸に手を当て、深く息を吸い込んだ。
「……怖いけど、鳴らす。あたしの音で」
エコーは目を閉じ、自分の中の塔の声を押しのけるように息を吐く。
「僕も――取り返す」
ジョーカーはふたりの隣に立ち、にやりと笑った。
「よし、余白のカードが三枚。塔相手にゃ、ちょうどいい手札だ」
鈴が鳴る。
――チリン。
塔の内部が震え、沈黙が波打つ。
塔の声が、怒りとも悲鳴ともつかない“無音の咆哮”を上げた。
「……さあ、ひっくり返そうか」
ジョーカーの瞳に、道化ではない、戦士としての光が宿った。




