第4章「追放の国」
塔から吹き降ろす風は、まるで夜そのものが形を持ったかのように冷たかった。
ジョーカーとティアは、長い旅路の果てにその国の国境へとたどり着いていた。
「……これが、あたしの国」
ティアの声はかすれていた。
彼女の故郷――塔の支配が縛る国。
高い城壁の向こうには、白い塔の影が夜空を切り裂くように立っていた。
ジョーカーは仮面の奥で目を細める。
この空気。
昔、自分が生まれた国とまったく同じ匂いがする。
沈黙と、服従と、恐怖の匂いだ。
門の前では、衛兵たちが規則的な足並みで行進していた。
胸には「スート」の紋章。
崩壊した国々ではもう見られなくなった印だ。
だがここでは、いまだにそれが“当たり前”として機能している。
「身分を示せ」
門番の声は冷たく機械的だった。
ジョーカーは道化帽の先を軽く揺らし、口元に薄い笑みを浮かべる。
「身分? 俺は道化だ。盤面の外からやって来た」
「……不審者だな」
兵士たちが騒めいた瞬間、ジョーカーは指先で鈴を弾いた。
――チリン。
澄んだ音が夜気に広がり、ほんの一瞬、周囲の兵士たちの動きが止まった。
それは彼らの“習性”に刺さる音だった。
塔の支配を受ける者たちの心は、鈴の音に抗えない。
「ほらよ、通せよ。俺は余白だ」
ジョーカーは軽やかに門をくぐる。ティアもその背にぴったりとついていった。
城下町に一歩足を踏み入れると、世界の色が一変した。
人々の声はほとんど聞こえない。
まるで街全体が、塔の意志に縛られているかのようだった。
「……なにも、変わってない」
ティアが呟く。
小さな声だったのに、まるで町中に響いたような感覚があった。
彼女の視線の先では、広場の中央で選別が行われていた。
白い水晶玉の前に子どもが並び、ひとりひとりが呼ばれる。
「ハート」 「ダイヤ」 「スペード」 「クラブ」
――そして、「ニエンテ」。
「ニエンテ」と宣告された少年が、兵士に腕をつかまれて引きずられていく。
広場の群衆は、まるでそれが当然のことであるかのように視線を逸らした。
「……!」
ティアの身体が震える。
彼女も、まさにこうして追放されたのだ。
何も悪いことをしていない。ただ、「選ばれなかった」というだけで。
ジョーカーはティアの肩に手を置いた。
「見ろ、これが塔だ」
「……ひどい」
「ひどいさ。でもな、ここで“ひどい”で止まってちゃ――盤面は変わらない」
塔を見上げる。
白い塔はまるで月光を吸い込むように、夜の空気を冷たくしていた。
その塔からは、かすかに音が漏れている。
音――いや、“無音の圧力”だった。
「なあ、ティア」
「……なに」
「お前、この塔を壊したいか?」
ティアは大きく目を見開いた。
その瞳には、まだ迷いと恐れがあった。
でも――ほんのわずかに、火が灯る。
「……壊したい」
その声は小さく、かすれていた。
けれど確かに、それは初めて彼女自身の意志で発した言葉だった。
ジョーカーはにやりと笑った。
「いい答えだ。だったら、お前はもう“駒”じゃない。“カード”だ」
鈴が鳴る。
広場の風が夜空をかき混ぜ、白い塔の影を揺らした。




