第15章 「崩れゆく森」
金属と金属がぶつかる音が、森全体に響き渡った。
朝の霧はとうに消え、空は血のように赤く染まっている。
燃える木々の煙が立ち昇り、鳥の鳴き声ひとつない。
戦場には、二人の剣士がいた。
一人は、王国そのもの──キング。
一人は、削除されるはずだった少年──シアン・グレイ。
赤と黒の光を帯びたシアンの剣と、金色の光を纏ったキングの剣が、激しくぶつかり合うたびに、地面が軋み、空気が震える。
まるで世界そのものが、二人の衝突を軸に揺れているようだった。
「遅い」
キングの声は、まるで風のように淡々としていた。
その瞬間、金色の閃光が走った。
シアンはとっさに剣を構えたが、反応が一瞬遅れた。
「――がッ……!!」
腹に衝撃が走る。
視界が反転し、体が宙を舞う。
次の瞬間、木の幹に叩きつけられ、肺から息が抜けた。
「(……速い……! 見えない……!)」
シアンは地面を転がりながら必死に立ち上がった。
手は血に濡れ、全身が震えている。
それでも、剣だけは離さなかった。
「おまえの剣は“外側”の剣だ」
キングが静かに歩み寄る。
その歩みはゆっくりなのに、逃げ場を一切与えない。
「だが、外側は“存在”じゃない。“エラー”だ。
俺の手で消す。元の“盤面”に戻す」
「……ふざけるな……!」
シアンは血のにじむ歯を食いしばった。
「俺たちは、エラーなんかじゃない……!!」
赤と黒の光が剣に灯る。
足元の地面がひび割れ、風が巻き起こる。
痛みなんて、もうどうでもよかった。
目の前の“支配”をぶっ壊すことだけを考えていた。
剣が交わる。
一度、二度、三度――
「うおおおおおッ!!!」
シアンの叫びとともに、一撃がキングの肩をかすめた。
血が一滴、宙に散る。
森がざわめいた。
兵士たちも、反逆者たちも、その一瞬を見逃さなかった。
「……おい、まさか……!」
「キングに……傷が……!?」
「……ほう」
キングの声が、ほんの少しだけ低くなった。
「外側のくせに、よくもやったな」
次の瞬間、空気が崩れた。
「ッ……!」
耳を裂くような轟音。
キングが一歩踏み出しただけで、木々が倒れ、地面が波打つ。
「調子に乗るな、ゴミが」
金色の剣が、閃光となって森を裂いた。
その衝撃波が、ニエンテたちをまとめて吹き飛ばす。
リアの体も、木々ごと遠くに叩きつけられた。
「リア!!!」
シアンが叫ぶ。
その声も、轟音の中にかき消えそうになる。
ジョーカーが宙にカードをばらまき、爆破を起こして衝撃を逸らす。
「おいおい、マジで洒落になってねぇぞ……!!」
帽子が土に転がり、血が額を伝う。
「シアン、こいつはまだ“本気”じゃない!」
「……わかってる……!」
キングはゆっくりと剣を下ろした。
「遊びは終わりだ。ーー盤面を、整える」
金色の光が剣に宿る。それはもはや炎でも雷でもない。
“王国そのもの”の力だった。
地面が裂け、空が鳴る。森が震え、風が逆流する。
「(……この一撃は……やばい……!)」
シアンの本能が、初めて“死”を確信した。
だが――その時、
「下がれ、シアン!!」
ジョーカーが叫んだ。
次の瞬間、シアンの前に無数のカードが飛び散り、巨大な壁のように展開される。
光と光がぶつかり、爆風が森を飲み込んだ。
轟音。
地鳴り。
火の粉。
森が、燃え始めた。
「……逃げるぞ」
ジョーカーが血を拭いながら、シアンの肩を掴んだ。
「今ここで死んでも、“世界”は変わらねぇ」
「でも――!」
「おまえは、まだ“ここで終わる存在”じゃねえんだよ!!」
リアが倒れた仲間を支えながら、泣き叫ぶように叫んだ。
「行こう! 死んだら意味がない!!」
シアンは歯を食いしばる。
足元は震えている。剣を握る手が、血でぬるりと滑る。
「(俺は……まだ……!)」
「逃げるとは言ってない。――“退くだけ”だ」
ジョーカーの鈴が鳴った。
その音を合図に、ニエンテたちは森の奥へと一斉に後退する。
爆煙と炎に紛れて、彼らは姿を消した。
キングはその場に立ち尽くし、剣を静かに収める。
「余白は、いずれ潰す」
仮面の奥の声は冷たい。
「今日が始まりだ」
ーーーー
燃え上がる森の中を、シアンたちは必死に走った。
リアの腕には血がにじみ、ジョーカーは笑いながらも足を引きずっている。
誰もが限界だった。
だが、誰一人として立ち止まらなかった。
「(……あいつは……本当に化け物だった……。だけど、俺は……)」
シアンは立ち止まって振り返る。
燃える森の向こうで、キングの金色の瞳がまだこちらを見ていた。
ーーまるで、世界そのものに睨まれているようだった。
「……負けねぇよ」
シアンの声は小さかったが、確かな意思がこもっていた。
「次は、俺が“あんたの盤面”を壊す番だ」




