第14章 「王の剣」
森が、静まり返った。
血の匂いと鉄の音に満ちていた戦場が、まるで時間を止められたように凍りつく。
白い仮面をつけた男――キングが一歩、前に出た。
ただそれだけで、森の木々がざわめき、空気が震える。
兵士も反逆者も、誰も動けなかった。
「……あれが……キング……」
リアが息を詰めた声で呟いた。
その頬には血が流れたまま、瞳だけが揺れている。
「やっぱり……“化け物”だな」
ジョーカーが帽子を押さえながら笑った。
だが、その笑みにはいつもの軽さがなかった。
本能が告げていた──目の前の存在は、次元が違う。
「ジョーカー」
キングの声は低く、よく通った。
まるで森そのものが喋っているような響き。
「おまえは、ずっと“外”で好き勝手に生きてきたな。余白を与えた覚えはないが……野犬が吠えるくらいは許してやっていた」
「ありがてえねぇ、王様」
ジョーカーは肩をすくめた。
「でも俺は、野犬じゃない。
おまえの“盤面”の外側にいる、“爆弾”だ」
「そうだな」
キングはゆっくりと仮面に手をかけた。
「だから今ここで、“駆除”する」
ーーーー
カチリ、と小さな音が響く。
仮面が外れ、空気が一瞬震えた。
露わになったのは、無機質なまでに整った顔。
まるで“人”ではなく、王国そのものが人の形をしているような──感情のない“造形”だった。
冷たい金色の瞳が、シアンたちを射抜く。
「シアン・グレイ」
名前を呼ばれた瞬間、シアンの背筋に雷が走った。
体が勝手に震える。
「(……なんで……名前だけで……身体が……!)」
「削除対象の“残骸”がここまで膨れ上がるとはな」
キングの目が、ゴミを見るように細められた。
「おまえは、生まれた瞬間に“消える”と決まっていた。
なぜ、まだ生きている?」
「決まってた……?」
シアンの喉が震える。
「それを決めたのは――おまえか」
「当然だ」
キングは一歩近づく。
そのたびに空気が圧縮され、木々の葉がざわめいた。
「この国のすべては、俺の意思だ。
スートも、ジャックも、ハートも……そして“ニエンテ”も」
「……ふざけるな」
シアンが唸るように言った。
「俺は……おまえに消されるために生きてるんじゃねえ!!」
剣を構える。
赤と黒の光が、再び刃に灯った。
震える手を押さえ込むように、シアンは踏み出した。
「おまえは“余白”だ」
キングの声が冷たく森を満たす。
「だから、この盤面に“存在”してはいけない」
ーー瞬間。
キングが指を鳴らすと、空気が爆ぜた。
目に見えない衝撃が走り、周囲の兵士も、反逆者たちも一斉に吹き飛ばされる。
ただの“音”ではない。支配そのものだった。
「ッぐあああああ!!」
リアが木に叩きつけられ、血を吐く。
ジョーカーですら帽子を飛ばされ、地面を滑った。
「なん……だと……」
シアンの身体も吹き飛ばされ、地面に背中を強打する。視界がぐらぐらと揺れた。
今のは、剣ですらない。ただ“存在”の差で押し潰された。
「……この感覚……忘れねぇな」
ジョーカーがよろめきながら立ち上がる。
「“王”が本気になると、空気そのものが味方する」
「おまえの存在は盤面の“外”。
だが、俺は“盤面そのもの”だ」
キングはゆっくりと右手を上げた。その腕には水晶のついた腕輪がはまっている。
空気が歪み、光が集まる。
王城の心臓部にあった“巨大な水晶”と同じ輝きが、キングの掌の中に生まれていた。
「この国を形づくる力。――それが、俺だ」
「チッ、やっぱり来たか……」
ジョーカーがカードを数枚取り出す。
鈴が鳴る。
「シアン、聞け。アイツは“この国そのもの”だ。
勝てるとか考えるな。“壊せるか”を考えろ」
シアンは膝をつきながら、剣を地面に突き刺した。息が荒い。
でも、目だけは――もう揺れていなかった。
「……おまえがこの国だってんなら……」
血に濡れた唇を噛み、ゆっくりと立ち上がる。
「俺は“外側”として、この国をぶっ壊す」
赤と黒の光が剣に走る。
その輝きは、王国の光とは違う、濁った色。
でも、その濁りこそが彼らの“生”そのものだった。
「面白い」
キングの金色の瞳が細められる。
「ならば――見せてみろ。外側の力とやらを」
その瞬間、二人の間の空気が一変した。
森の木々が震え、風が止まり、音が消える。
剣と剣がぶつかる前に、世界そのものが揺らいだ。
シアンが踏み込み、剣を振る。
キングの剣がそれを受け止める。
金属音が響いた……がーー
「なっ……!」
シアンは一瞬で吹き飛ばされた。
まるで、大人と子供が遊んでいるような差だった。
「遅い」
キングの声が耳元に響いた。
次の瞬間、背後にいたはずのキングが目の前に現れる。
視界が揺れ、肺が潰れるような圧力。
剣が首元に突きつけられる。
「(……速い。見えない……!)」
「これが“王の剣”だ」
冷たい声。
「おまえがいくら“外側”でも、盤面に逆らえば――斬り捨てるだけだ」
「おいおい、王様。俺の事も忘れないでくれよ」
ジョーカーの声が空気を裂く。
カードが宙に舞い、爆ぜた。
煙と爆風がキングの視界を遮る。
その隙にシアンは地面を転がって剣を構え直す。
「……立ったな」
キングの声には焦りも驚きもない。
ただ“事実”として言っているだけだ。
「当たり前だ……」
シアンの声は低く、震えていなかった。
「俺は……おまえに“消される”ために生きてきたんじゃない!」
赤と黒の光が再び剣に集まる。
周囲の空気が震えた。
まるで、“盤面の外側”が逆流しているように。
「おまえたちは、“存在”を知らない」
シアンが叫んだ。
「俺たちは、おまえたちの“ルール”の外で、それでも生きてきた!
俺たちの名は、もう消せない!!」
反逆者たちの声が、それに続いた。
リアの矢が空を裂き、ニエンテたちの叫びが森を揺らす。
ジャックたちでさえ、その声に一瞬、剣を止めた。
「……余白が吠えるか」
キングの瞳が冷たく光る。
「ならば、静かにしてやろう」
キングが剣を構えた瞬間、森全体が軋んだ。
空が沈み、風が止まり、音が消える。
その剣はまるで、世界の“中心”を断ち切る刃のようだった。
「シアン!!」
ジョーカーが叫ぶ。
その声と同時に、シアンは剣を握りしめ――踏み込んだ。
――外側と内側。
――支配と反逆。
――王と名もなき者。
二つの剣が、森の中で激しくぶつかった。




