プロローグ 嵐山 聡司
何なんだ。俺は、死んだのか?
そう言えば、惠子から電話をもらって5月1日なら旦那が居ないから、11時頃には娘も寝ているはず。
その頃なら家に来ても良いとの事だったはずだ。なのに何故なんだ。どうして俺は。もしかして、俺は殴られたのか?誰に?惠子?いや、そんな事は無いと思う。第一惠子から会いたいと連絡が有ったのだから。俺と惠子は、大学のゼミが一緒でその頃から 惠子は俺にゾッコンだった。惠子が結婚した今も、定期的に二人で会いたいと連絡が来る。俺も、妻の手前頻繁に会うわけにもいかない。それに、惠子の旦那は大学の同期で惠子も含め俺たち3人で良くつるんだものだ。惠子の旦那の直樹は、どちらかと言えば鈍感な奴で俺と惠子が付き合っていた事も知らない。だから、俺が大学卒業後に就職のため大阪に出たとたん、惠子にプロポーズをして結婚したのだ。ただ、その頃も今も惠子と俺の関係は途切れてはいない。
そんな頃、俺にも上司の娘との縁談が持ち上がり とんとん拍子で結婚する事になった。俺も出世はしたいからだ。お互い結婚してからも、家族ぐるみで付き合ってきた。食事を一緒にしたり、旅行へ行ったりと。それでも、惠子と俺の関係は妻にも直樹にもバレてはいないずだ。惠子も俺も完璧にしてきたはず。何故だ、何処かで落ち度があったのか。いや、お互いに家族が一緒の時は、目も合わさない二人だけで会話もしないと、充分注意してきたのだから。そんな事は、考えられない。それじゃあ、妻が俺の跡をつけて来たのか?それも無いと思う。あいつは俺に関心が無いのだから。俺たちには、子供がなかなか出来なかった。妻はいつも惠子の子供の麻耶を見ると、「私達にも早く、かわいい子供が欲しいね。」と言っていた。一緒になって5年程は不妊治療も頑張ってきたのだが、妻ももう疲れたのか、俺が二人だけの生活を楽しもうと言ったからなのか、いつの間にか妻の口から子供が欲しいという言葉を聞かなくなった。
それどころか、その頃から俺との会話も少なくなり昔ほど関心を示さなくなった様に思う。俺の思い過ごしかもしれないけれど。なんとなく、そんな気がする。ただ、家族同士の食事会や旅行等は、妻も今まで通り朗らかに過ごしているので 俺もそこまで気にも留めなかった。妻なのか?でも、彼女はお嬢様育ちで気位も高い人だから、こんな事をするくらいなら若いうちに離婚を切り出すはずだ。それに夜の営みも前程では無いが、彼女の機嫌を損ねない程度には施しているつもりだ。拒まれた事もないから、俺の思い過ごしかもしれない。惠子でもない、妻でもないとすると 直樹?もしかして直樹なのか。
直樹が予定を切り上げ早く帰って来て、暗闇で俺を強盗と間違えて殴ったのか?それしか考えられない。
直樹だとすると、俺はどうなる?俺は、どう言えば良いのだろう…。誰だ。誰の声だ、誰かの声が聞こえてくるけ…ど…。 意識が…。