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3.気になるメイド

 * * *



 王宮の一角、重厚な扉の奥にある宰相執務室。


 新たに宰相職に就いたセドリック・グレイヴナーは、陛下との謁見ともてなしを受けた後、さっそくこの執務室で書類に目を通していた。


「報告書の書式が統一されていないな。これは早急に改めさせるべきだ」


 机上に積まれた報告書に目を通しながら、わずかに眉をひそめる。

 誰に語るでもなく、淡々と告げるその声には迷いも感情の揺らぎもない。


 静かに扉がノックされ、片眼鏡(モノクル)を掛けた秘書官ライナス・フォルトが入ってきた。

 その手には数枚のメモと執務予定表が控えられている。


「閣下、明朝の閣議について予定時刻を後ろ倒しにしてほしいとの伝言が」


「理由は?」


 セドリックは視線を報告書から上げることなく、淡々と問う。


「それが……王太子殿下のご婚約者であるエレナ・クラヴィス公爵令嬢への贈り物に、毒針が仕込まれていたとのことです」


「毒針?」


 ペンを走らせる手を止めたセドリックの瞳が、一瞬だけ細められる。


「それは確かな情報か?」


「はい、殿下自身も確認されて身辺確認を行うよう自ら指示を出されたそうです。安全が確保されるまで御前の予定を一部見送ると判断されたようで」


「それが賢明だな」


 セドリックは頷きながら思考を巡らせる。


 その仕掛けが偶然で済まされるものなのか誰かの意図が働いているのか。いずれにせよ、王宮の中枢を担うものとして見過ごせる事案ではない。


「その毒針は誰が最初に気づいた?」


「メイドだそうです」


「……メイドが?」


 腕を組むセドリックの眉が少し上がる。


 公爵令嬢の支度を手伝っているときに、誤って毒針に刺さったのだろうか。だとしたら気の毒なことだと少しだけ同情を寄せる。


「そのメイドは死んだのか?」


「いえ、ピンピンしておりますが」


 即答で返ってきたライナスの言葉に、セドリックはわずかに目を見開いた。


(毒針に気づき、無傷で…?)


「あぁ、ちょうどあそこにいますね」


 窓の外にライナスが目線を送る。

 セドリックもそれにならって、椅子に座ったまま視線だけを外へと滑らせた。


 中庭の一角。

 窓から見下ろす視界の端で、ティーテーブルの後片付けをしているメイドが一人。


 小柄で焦茶色の髪を一つにまとめたその姿は、特別目立つわけでもない。

 どこにでもいる普通の若いメイド。


 そこへ別のメイドが近づき、ぽんとその肩を叩く。彼女は驚いたように手を止めてから、ぱっと笑顔を浮かべて振り返った。


 ライナスの言うように、あの様子だと毒針で倒れたようには見えない。

 だからこそ、気にかかる。


「名前は?」


「確か…アリア・セルフィア。今日付でクラヴィス嬢の部屋付きに任命されたそうです」


 セドリックはおもむろに椅子から立ち上がった。


「詳細な身元を調べてくれ。できれば王宮に入った経緯や過去の所属履歴も」


「……は?」


 まさか『ただのメイド』の経歴を調べろと言い出すとは思わず、ライナスは珍しく当惑した。


 だが目を向ければ、さっきまで書類に目を落としていたセドリックの瞳はずっと窓の外に向けられている。

 視線の先にいるのは、ティーセットを片づけ終えてメイド仲間と談笑するアリアの姿。


 一切の無駄を嫌うこの男が、仕事の手を止めてこうしていること自体が、稀有なことだった。


「毒針を見抜いたメイドか……面白い」


 静かに笑みを浮かべながらこぼれた一言に、ライナスがぴくりと眉を上げる。


 長年、彼の秘書を務めてきた者にだけ分かる。


 セドリック・グレイヴナーの『面白い』は、決して軽い興味ではない。

 彼はいつも理詰めで動く主義だ。この裏には少なくとも十数項目にわたる観察と分析、仮説構築がセットで存在している。


 それはつまり、すでに彼の思考の俎上(そじょう)に載ったということ。



 そしてその対象は――


 まだ何も知らずに、陽光の下で笑っている一人のメイドだった。



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