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32.完璧な筋書き

「……なぁ」


 ユーリがふと、トーンを変えた。


「どうしてそんなに早く動けた?」


「え……?」


「全部初動が早すぎるんだよ。毒針ブローチだけじゃなく、クラヴィス嬢への食事にも常に目を光らせてただろ?そして今回仕掛けた手紙も……完璧な手筈(てはず)だったのにさ」


 アリアの肩がびくりと震えるのを、ユーリはどこか試すような眼差しで見つめる。



 * * *



 《自分以外にも、ループしている存在がいる》


 そのことに、ユーリは薄々勘づいていた。

 ループを繰り返すたびに、こちら側が仕掛けた罠がことごとく摘み取られていったからだ。


「あのブローチが?」


「はい、先ほど監察局に届けられました」


 ユーリは自分たちの息がかかった監察官からの報告に、眉をひそめた。


 いくつも仕掛けたクラヴィス嬢を陥れるための布石。

 そのうちの一つが、()()()あっさりと見破られた。


「どうしましょうか。また何か別のものを…」


「いや、しばらくクラヴィス嬢へ届く物や身辺は厳重に警戒されるだろ。やっても無駄だ。ちなみに届けたのは?」


「クラヴィス嬢付きのメイドです」


(やっぱりアリアか…)


 前回も、その前も――監察局に届けたのはアリアだった。


(もしかすると……アリアも俺と同じようにループしている?)


 そのことに思い当たったとき、ユーリは一つ行動に移すことにした。


 アリアは自分とほぼ同時期に王宮入りした同期。これまではすぐに突っかかってくるのが面白くてよく揶揄っていたが、今回は少し近しい距離から様子を探るほうがいいかもしれない。


 そうして今回は、気安い相談相手のポジションを築いた。



「実はちょっと困ったことがあって。エレナ様宛に手紙が届いたんだけど……国交のない他国の書式でね?しかも、それが王宮の記録に残っちゃってて……」


 文官棟の端――妙にそわそわと落ち着かない様子で、アリアは指先は小さな封筒の端を何度も撫でていた。


 (……さっそく見つけたのか)


 ユーリはそう思いながらも、顔には出さずアリアの話に耳を傾ける。


「国交のない他国?」


「……マルタユ帝国」


 その瞬間アリアの瞳に浮かんだ迷いのなさを、ユーリは見逃さなかった。


 このタイミングでの素早い行動。

 あの書式の異変に即座に反応するなんて、普通のメイドにできると思えない。


 ユーリ自身が仕掛けたフラグ。それに食いつき即座に回収までやってのけたアリアの姿を見て、ユーリは確信する。

 これは、偶然なんかじゃないと。


「消印を見るに、マルタユ帝国と国交のあるサリマール国経由で届いてんのか。手が込んでるな」


「目的はエレナ様を嵌めるためだと思う!それ以外に考えられないもの!」


 どれだけ偽装しても、感情の速度はごまかせない。悪戯でも何かの間違いでもなく『クラヴィス嬢を嵌めるため』と判断した反応の早さ。

 まるで――『その結末』を見たことがあるかのような。


(間違いない…繰り返しているのはアリアだ)


 何度目なのかは分からない。

 けれど、アリアも同じくこれまで繰り返してきた未来を知っている。


 その事実に、どこか胸の奥がぞくりと粟立った。


「分かった。ちょっとコネを使って処理するように話をつけてきてやる」


「えっ!?そ、そんなことできるの!?」


「あぁ」


 同じ立場。同じく未来を知っている人間。

 そして今この瞬間にも、自分の敵になるかもしれない最も厄介な存在。


 その相手が、よりにもよってアリアだとは――皮肉だが、面白いとも思った。



 * * *



 ――ユーリが、自分と同じようにループしている。


 その事実にアリアはただただ呆然としていた。

 心臓の音が耳の奥でうるさく響く。


 アリアの脳裏に、五回目(こんかい)でのユーリとの初対面の記憶がよぎる。いつもより気安くて気の置けない同期――そんな距離の詰め方をしてきたのは初めてだった。


(……そういうこと、だったの……?)


 信頼を得るための計算された距離感。

 アリアが必死にひた隠していたものに、ユーリはとっくに気づいていたのだ。


「未来を変えたかったのは、俺もなんだよアリア」


 その言葉に、アリアの視線が揺れる。


「何度繰り返しても、クラヴィス嬢を陥れるまでに時間がかかりすぎる。だから五回目は根本的にすべてを変えようと思った。もっと王宮の中枢――監察局や警備隊に俺たちの勢力を増やしておくことにした」


(まさか……この世界の宰相がセドリック様だったのは——)


 顔色の変わったアリアを見て、ユーリは微笑んだ。


「そう、前任だった老宰相がいたけど病死してもらった。俺たちの手で」


「……セドリック様が宰相につくのも計画のうちだったの?」


「当然。建国以来史上最年少の宰相が、国家反逆罪で捕まればどうなると思う?王政への信頼は落ちるし、王宮内では俺たちに歯向かう人間は居なくなる。あとはこの王政を倒して俺たちルガード家が頂点に立つだけ」


「そんなの……っ! そんなんじゃ民はついてこない!本当にユーリもループしてるなら見たはずでしょ!?」


 アリアの叫びに、ユーリは静かに頷いた。


「あぁ、何度も見てるよ。お前が処刑されるところも、この国の行く末もすべて」


 アリアの脳裏に、フラッシュバックのように過去の断片が蘇る。


 崩れ落ちる玉座。燃え上がる王都。

 王政が崩れ民衆の怒りに焼かれて滅びる未来――最後に残ったのは、灰と絶望だけ。


「アリアの言う通り、王政を倒しただけじゃ駄目だった。すべてを奪っただけでは誰も従わない。誰もルガード家を次の王だとは認めようとしない。だから今回は違う形を取ることにした」


 一歩ずつアリアへと近づくと、震える頬を指でそっとなぞる。


「王政に翻弄されて立ち上がった少女——民衆が感情移入しやすい象徴だ。正義の代弁者になってもらうには、アリア以上にぴったりな存在はいない」


 愉しげな笑みを浮かべながら、ユーリは続けた。


「予想外の動きをして俺の計画すら揺るがせておいて――でも、それでもいい。お前が主役の舞台は、どんな筋書きよりも本物らしく見えるから」



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