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31.本性

「まさか、それに辿り着くなんて……本当にアリアには驚かされるな」


 低く柔らかな声が、暗がりの中で響いた。

 その声はやけに穏やかで、静かな夜風のように耳に届く。でもその奥底には、冷えた刃のようなものが潜んでいた。


「それ、ずっと探してたんだよ。監察局にも地下の保全区画も全部調べたのに見つからなくてさ。それが、こんな吹き溜まりで埃をかぶったなんてな」


 ユーリの視線がアリアの手にある鋳型へと落ちて、反射的に隠すように両手で抱えて身構える。

 乾いた笑みを浮かべながら、ユーリは小さく肩をすくめた。


「それさえあれば、すべてがうまくいったのに」


「どういう意味……?」


 アリアの呟きに、ユーリがにこりと微笑む。

 けれどその笑みには酷薄さが滲んでいた。


「それは本来、クラヴィス家の倉庫から()()()()()()()だったものだから」


「……えっ……?」


「エレナ嬢とクラヴィス家が、マルタユ帝国と通じて反逆を企てていた証拠。それがあいつらの手元から出てくれば、すべてが()()になる。惜しかったな」


 残念、なんて嘯きながらユーリの表情に落胆はない。

 むしろこの状況すらもゲームの一つとして楽しんでいるようで、アリアは背筋が寒くなった。


「ユーリが……全部仕組んだの?私に協力するふりをして、あの手紙も監察局に渡したの?」


「そう。あの手紙はもともと俺が仕掛けたものだから」


「……!?」


「本来の予定では、監察局に密告が届いて、クラヴィス嬢の私室からマルタユ帝国との内通を示す手紙が発見される。それが最初の台本(ストーリー)だったんだけど」


 ユーリはまるで戯曲を演じる俳優のように、倉庫の中をゆっくりと歩く。


「でも、アリアがそれを持っていたからちょっと書き直した。見せられたときは驚いたぜ?ほんと、アリアって油断させてくれないよな」


「どうして!?どうしてユーリが、何の関係もないエレナ様を陥れるようなことを…」


「何の関係もない?」


 くすっと笑ったユーリの表情は、ぞっとするほど冷たかった。



「関係ならある。俺はルガード家の血を引く、正統な後継者だから」



 ―――ルガード家の、血……?



 あまりにも唐突な告白に、頭が追いつかなかった。


(ユーリが……?)


 戸惑うアリアの沈黙を破るように、ユーリは続ける。


「アリアも見たんだろ?クラヴィス家が、俺たちルガード家に何をしたのか」


 ユーリの声の色が変わった。

 丁寧な語り口の奥に、まるで焼けつくような憎悪が滲む。


「ルガード家は、鉱山と交易の要を一手に引き受けた一大勢力だった。それを五十年前にクラヴィス家の手によって潰された。領地も爵位も奪われた祖父は……家名と誇りを失い自ら命を絶った」


 アリアの脳裏に、地下の保全区画で目にしたあの膨大な記録がよみがえる。


「当時子どもだった俺の母は、まだ監視が緩かったうちに何人かの従者とともに命からがら逃げた。そして、息をひそめながら庶民にまぎれて暮らした。そして…俺が生まれたんだ。奪われた家を取り戻す使命を持つ、ルガード家の最後の血を持ってな」


 ユーリは一度目を伏せる。

 そして再びアリアを見据えた瞳には、深い憎しみと静かな怒りが宿っていた。


「クラヴィス家に踏みにじられたすべてを、正すために生まれてきたんだよ、俺は」


「待って……でも……!」


 アリアは息を詰めながら、言葉を繋いだ。


「ルガード家は鉱山で非道なことをしていたって……利益を独占して強制的に働かせて、子どもまで労働力にしていたって記録も…」


「あそこは不毛の地だったんだ。畑も水もろくにない、鉱山採掘しか生きる術がなかった」


 ユーリは、肩をすくめながらあっさりと返す。


「だから祖父は、働くことで暮らしが成り立つように仕事を作った。対価も払っていた」


「……偽物の通貨で?」


「偽物って言い方は気に入らない。これは祖父の()()だったんだから」


 ユーリはポケットの中から取り出したコインを、指で弾く。

 ルガード家の紋章が刻まれた、あの硬貨だ。


「鉱山資源を利益として交易ルートを築く。そして王国に依存しない経済を作り、西部を独立させる……そのための通貨だった」


「そんな……」


「祖父がやろうとしていたことが罪なら、西部の人々に満足にいく暮らしを与えられなかった王政そのものが罪だと思わない?」


 アリアは言葉を詰まらせるしかなかった。


 ライナスが言っていた通り、本当に独自の経済圏を築こうとしていた。それこそまぎれもない反逆罪だ。

 でもルガード家の人々はそれを『善』と捉えている――目の前のユーリも含めて。


 五十年前の葬られた出来事。

 何が真実で何が正しいのか、アリアには絶対的なことは言えなかった。


「でも、それで……」


 アリアの声がかすれる。


「それで、エレナ様まで……罪のない人たちを巻き込んでいいの?」


「罪がない?」


 ユーリが、わずかに口角を上げる。


「クラヴィス家は俺たちを踏みにじった家系だ。その娘が、王宮で何も知らない無垢な顔をして王太子妃になろうとしている。それを黙って見てろって?」


 ユーリの瞳が、一瞬きらめいた。


「クラヴィス家は清廉潔白の皮を被って、ルガード家を切り捨てたことで王政の中枢を固めた。だから奪い返す。そして今度は俺たちが『裁く側』になる」



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