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29.導かれた先に

 ロレッタは鏡の前でアリアとそっくりに髪を結い上げて整えると、ホワイトブリムを頭に付ける。


「うん、これならどっちがどっちか一見分からないんじゃない?」


 その姿はまるで本物のアリアのようで仕上がり具合に満足げに微笑むと、コンコン、と扉が叩かれる音がした。


「王宮監察官だ、ここを開けろ」


「っ……来た!」


 緊迫した声に、アリアがびくりと肩を揺らす。ロレッタはすかさずアリアの腕を掴んで、カーテンの影へ押し込んだ。


「ここは作戦通りに私がやるから、アリアは窓から行って!」


「えっ!?ま、窓ってどっちの窓!?」


「左!バルコニーに出て回廊の石垣沿いに行けば伸び放題の蔦がある!それを伝って下に……ってやば、来た!」


 ガチャッと扉が開かれる音。アリアが息をのむのと同時に、ロレッタは大急ぎで着ていたエプロンを脱ぎ捨て、ワンピースの肩を大胆に半分ほどはだけさせた。


「きゃああああああああああっ!!!!!」


 部屋中に響き渡る甲高い悲鳴と目の前の光景に、監察局の男が凍りつく。


「な、なんだ!?えっ、これは……っ!?」


「ひ、ひどいっ……いきなり開けるなんて、女の子の着替え中に……っ!!長年王宮に仕えてきてこんな仕打ちにあったの初めてですぅう……!!」


「い、いや、これはその、職務上の……っ」


 ロレッタは床に膝をつき顔を手で隠しながら、全身で震える演技に突入した。

 焦る男を前に、ロレッタは容赦なく追撃する。


「うわああんっ!!監察官ともあろうお方が!いくら軟禁中だからって、これって人権侵害じゃないですかぁああっ!?!もうお嫁に行けない~~~!!」


「分かった!落ち着け!!いま閉める、閉めればいいんだろう!?!?」


 監察官は完全に動揺し、ガチャン!と勢いよく音を立てて扉を閉めた。足音は脱兎のごとく遠ざかっていく。

 しん……と静けさが戻った部屋で、バルコニーの影に潜んでいたアリアは呆然と顔を出した。


「……ロレッタ、すごい……」


「ふふん、これでも王立歌劇団にスカウトされたこともあるんだから」


 ロレッタがニヤリとウインクしながら肩のワンピースを直す。


「ほら今のうちに行って!こっちはしばらく時間稼いでおくから、しっかりやんなさいよ!」


「うん。ありがとう…!」


 アリアは強張る体を足で踏ん張りながら、伸びた蔦を掴んだ。



 * * *



 夜の王宮は、昼間とはまるで違う顔を見せていた。

 賑やかなざわめきも(まばゆ)い装飾も影を潜め、長い回廊にぽつりぽつりと灯るのは、等間隔に並ぶ燭台の炎だけ。


 足音が一つ響くだけで、異様に大きく感じる。まるで王宮全体が彼女の動向を窺っているかのようで、嫌でも緊張が強まっていく。


 それでもアリアは小さく息を吸い込んで、しっかりと足を踏み出した。


(……大丈夫、ロレッタが時間を稼いでくれている。その間に私は――)


 会いに行くべき人がいる。

 いまこの八方塞がりの中で、唯一信じられる人。


 脳裏に焼きつけた地図をたどりながら、アリアは誰もいない廊下を足早に進む。


 文官棟の裏手、古い回廊を抜けてさらに奥へと進んだ先に、昔使われていた食糧庫があった。今は手狭になって別の場所に大きな倉庫が作られたため、ここは使用されていない。


(……ほんとに、こんなところに人なんて……)


 不安と緊張が入り混じったまま、アリアは扉の前で立ち止まった。

 そして――軽くノックする。


 すると、中から「鍵を」という声がした。

 アリアは封筒に入っていた鍵を差し込むと、静かに軋むような音を立てて扉がわずかに開いた。


「お疲れ様。よく来ましたね、アリア嬢」


 中から現れたのは、淡い灯りを背にした長身の人影。

 その優しげな声に思わず目を見開く。


「……っ、ライナスさん……!!」


 やっぱりそうだった。


 手紙の差出人――筆頭秘書官、ライナス・フォルト。

 セドリックの右腕で、頼りになる参謀的存在。見慣れた片眼鏡(モノクル)と品のある立ち姿に、アリアは安堵の息が漏れた。


「ライナスさん、どうしてこんなところに…?」


「宰相閣下の指示です。城外で調査をしたあと、身を隠しているよう言われていました」


 その言葉に、アリアは唇を噛む。


「セドリック様は…国家反逆罪で監察局に捕まってしまいました。私たちが地下書庫で見つけた資料もすべて没収されてしまって…」


「おそらく王宮内に『敵の目』があることを閣下は初めから警戒していたのでしょう。自分が捕まることすら想定していたのかもしれませんね」


 そう言って、ライナスは床に置いた木箱を開ける。中には巻物や封緘(ふうかん)された書類、封蝋付きの古い文書が丁寧に詰められていた。


「私は偽造硬貨のより詳細な鑑定を依頼する間、ルガード家が治めていた西部の鉱山地域を調べました。今は立ち入り禁止になっている場所がほとんどですが、かつて彼らがおこなっていた一端を知ることができました」


 そう言ってライナスは、一度息をつく。


「どうやら、王都南市街で流通していた偽造硬貨は、五十年前に鋳造されたもののようです」


(五十年前のもの…?)


 ライナスの言葉に、アリアの目を見開く。


「…そんなに前から…?」


 ライナスは頷くと、木箱から古びた記録帳を取り出した。


「当時ルガード家が治めていた鉱山地域では、この偽の硬貨が流通していた形跡があるようなのです。当然正規の王室通貨とは異なるものでありながら、労働者の賃金などもこの『ルガード通貨』でなされていたと」


「それって……」


「ええ。彼らは王政の法に従わず、独自の経済圏を築こうとしていたのです」


 まるで小さな王国を、彼らはあの鉱山地帯に築いていた。

 そう告げるライナスの声は低く鋭かった。


「ルガード家は、その頃から王政を打倒する意志を持っていたのではないかと私は考えています」


 表向きは王に忠誠を誓いながら、その裏で密かに別の国を作ろうとしていた…?


 アリアはその壮大な企てに呆然としてしまう。


「…でも、地下の保全区画の資料にはそんなことは…」


「揉み消されたのかもしれませんね。貴族による反乱、クーデターと捉えられてもおかしくありません。国王としても国内でそんな動きがあったと悟られたくなかったのかと」


 南市街で出回っていた、ルガード家紋章入りの偽造硬貨。それはただの偽物じゃない。


(五十年前から続いていた、計画の延長線上にあるの…?)


「まさか、セドリック様とエレナ様の冤罪を利用して…通貨の信用ごと王政を壊すつもりなんでしょうか…?」


 アリアは、震える声でライナスに尋ねる。


「その通りです。おそらく、閣下の言っていた偽造通貨をばらまくメリット――その四つ目の可能性とは、このことを示唆していたのではないかと」


 ライナスは片眼鏡を押し上げ、まっすぐにアリアを見つめた。



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