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28.らしくない

 使用人棟の二人部屋。その一室はいつもより静かだった。


 ベッドに伏せたまま動かないアリアのもとに、部屋に戻ってきた同室のロレッタが腰を下ろす。


「……アリア」


 ロレッタが震えるアリアの背中を慰めるようにそっと撫でる。優しく名前を呼ばれるだけで、張りつめていたものが溢れるように、またとめどなく涙がこぼれた。


 第一宰相、セドリック・グレイヴナーが――国家反逆の疑いで拘束された。


 王政に背き国家転覆を狙ったらしい、との噂はあっという間に王宮中を駆け巡った。いまのところ対外的には伏せられているが、王都にその知らせが届くのも時間の問題だろう。そして王国中に広がっていく。


 アリアは、なんとか監察局の拘束は逃れた。

 セドリックがかばってくれたからだ。


『君はただのメイドだ。そうだろう?』


 その言葉で、アリアを守ってくれた。そのことがずっと胸に突き刺さっている。


 結果として、アリアは使用人部屋に戻され、無期謹慎を言い渡された。部屋から出ることは許されず、事実上の軟禁状態だ。


 エレナも同じように、自室で身動きが取れないでいる。王太子殿下の婚約者という立場上、拘束こそされていないが、誰も近づけずミカエル王太子殿下でさえ距離を置かざるを得ない。それほどに、マルタユ帝国との内通を示す手紙のインパクトは大きかった。


(……また、何も守れなかった)


 このままだと、四回目(ぜんかい)と同じ展開になってしまう。


 それを回避したかったはずなのに、自分が判断を間違ったせいで結局エレナに疑いがかけられてしまった。

 あの手紙だって、本当はセドリックかライナスに見せるべきだったのに。それなのに、自分はユーリの言うことを信じてしまった。


「何やってるんだろう、私……」


 ぽつりとこぼれた言葉と一緒に、頬を伝っていく涙。

 枕に落ちたしずくがいくつもの小さな跡をつくる。


「しっかりしなさいよ、アリア!」


 その言葉とともに、ばふん、とクッションが飛んできた。


 突然の後頭部への衝撃に涙も引っ込む。

 振り返ると、さっきまで隣りで寄り添っていたロレッタが腕を組み、仁王立ちでこちらを睨んでいた。


「いつまでうじうじしてるつもりなの?いい加減、見てるこっちがムズムズしてくるんだけど」


「……ロレッタ、ひどい……いま私、人生最大級に落ち込んでるのに……」


「だからってそんな顔でベッドに伏せて何になるの?宰相様が牢に入れられてエレナ様が捕まりそうってときに何もできないって、それでいいわけ?」


(これでいいなんて思っていない…けど、もう私にできることなんて、)


 アリアは口を噤んで俯くと、ロレッタは小さくため息をついた。


「言わせてもらうけど、ほんっとアリアらしくないよ」


 ロレッタはぴしゃりと言い切る。


「エレナ様が初めて王宮に来たとき、アリア感極まってたわよね?ミカエル殿下とエレナ様がこのままうまくいってほしいって、誰より思ってたんじゃないの?」


 そう思っていた。

 何度目であっても二人の姿は尊くて、今度こそ二人の幸せな未来を守りたいって。


「大事な人のために必死になるのがアリアじゃなかったの?猪突猛進でも、誰よりも強い心で走れるのがアリアのいいところでしょ?」


 そう言って、ロレッタは鏡台に目を向けた。ひっそりと置かれていた銀の髪飾りを手に取って、光にかざすように見つめる。

 そして、ぐしゃぐしゃに乱れたアリアの髪を綺麗にまとめて整えると、最後にパチンと差し込んだ。


「ほら、似合ってるじゃん。鏡見てみなよ。泣き顔だけどちょっとはマシになった」


 ロレッタがからかうように笑う。


「やっぱり宰相様ってアリアのことよく見てるよね――で?アリアは宰相様に自分の気持ち、伝えたの?」


 ぐっと身を寄せ、アリアの目をのぞき込むように問いかける。


「……そ、そんなの……言えるわけ……」


「ふぅん。こんな綺麗な髪飾りもらって、庇ってもらって、何も返せてないまま?『私はただのメイドです』なんて言葉で全部なかったことにするの?本当にそれでいいの?」


「……っ」


 ロレッタの言葉は、どこまでも優しくて、厳しくて、温かかった。


 このままでいいわけがない。

 助けてもらったお礼も言いたいし、自分の軽率な行動も謝りたい。そして何より、あの綺麗な蒼玉色の瞳に会いたい。


「……もう一度会いたい。それに、セドリック様もエレナ様も助けたい」


 鏡の中に映る自分は、涙は完全に止まっていた。


「気合い入れなさいよ。泣くのは後でもできる。でも今はまだ動くときでしょ?」


 ロレッタはふっと表情を引き締めてから、エプロンのポケットから一通の封筒を取り出す。

 それは封蝋付きの手紙だった。

 紋章を見て、アリアの目がわずかに見開かれる。


「これ……」


「さっき文官棟の従者から預かったの。()()()から、アリアに渡すよう託されたって言ってたわ」


 アリアは震える手で急いで封を切る。

 中に入っていたのは、一通の手紙と王宮の簡易地図と、古びた銀色の鍵。


『この書簡が届いたとき、君は自分のすべきことを思い出していると信じています。この地図の場所で待っています』


(この字は……!)


 手紙の内容を読み終えた瞬間、アリアの中で何かがはっきりと切り替わった。今自分がすべきなのは、嘆くことでも泣くことでもなくて、行動すること。


「私、行かなきゃ……!」


 ―――セドリックを、そしてエレナを救うために。


「うん、泣き顔のアリアより、闘志に燃えてるアリアのほうがずっと好きよ」


 ロレッタの言葉に、アリアの胸の奥に小さな火が灯った。



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