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27.ただのメイド

 アリアとセドリックは、地下書庫から大広間へと連行された。


「第一宰相、セドリック・グレイヴナー。貴殿は国家反逆の疑いにより拘束されることとなった」


 セドリックの手首には、すでに鉄の拘束具が嵌められている。

 それが彼を罪人だと強く印象づけているようで、その姿と宣告される言葉の重さにアリアは背筋が凍った。


 大広間には監察局長を筆頭に、監察官や王政側の高官、警備の近衛兵たちがずらりと並び、その視線はセドリック一人に注がれている。


「…どうして………」


 誰に届くでもない呟きが、アリアの喉から漏れた。

 何か反論したいのに、この広間を覆う空気にのまれそうだった。


「容疑の内容は、偽造硬貨に関する無許可での外部調査依頼、虚偽申請による機密区域への立ち入り……」


「それだけで国家反逆罪か?」


 セドリックが薄く笑う。


「それだけではない。王政を混乱に陥れかねない『偽造硬貨事件』の調査を、王宮の許可なく独断で進めていた」


「監察局の調査結果がアテにならなかったからな」


「……口を慎め」


 局長は怒りを堪えながら、一枚の文書を掲げた。


「これは、先日エレナ・クラヴィス嬢宛てに届いた書簡だ。送付元はマルタユ帝国。我が国と国交のない――仮想敵国だ」


「……!!」


 アリアの肩がわずかに揺れた。


 見覚えのある書体、濃紅色の封蝋――間違いない。

 昨日ユーリに託したはずの、マルタユ帝国からの書簡だった。


(どうして!?処理してくれるって言ったのに……!)


 アリアは足元がぐらつくような感覚に襲われた。

 遠くで耳鳴りがして、一瞬すべての音が遠ざかる。


「この書簡はマルタユ語で書かれており、我々の翻訳班により内容を確認済みだ。『貴国にて()()()()()が進んでいるとのこと。鋳造に関してはクラヴィス家の主導において進めると聞き及んでおります』……以上が、その一節だ」


 場の空気が一層ざわつき始め、さらに緊張をはらむ。

 けれどその中でも、セドリックだけは微動だにしなかった。


「クラヴィス家がマルタユ帝国と結託し、偽造硬貨を使って我が国を混乱させようとしたことを示す明白な証拠だ。そしてミカエル殿下の婚約者であるエレナ・クラヴィス嬢が、その中心人物として関与している可能性が高い」


(そんな、そんなのありえない…!)


 アリアは小さく悲鳴をあげそうになるのを、歯を食いしばって堪える。

 確かにエレナは語学が堪能だ。けれどマルタユ語は読めないとはっきり言っていた。


(エレナ様がマルタユ帝国と繋がっているなんてありえない……!)


 アリアは四回目のループを思い出していた。

 そうだった――あのときもエレナはスパイ疑惑をかけられて、冤罪によって断罪されたのだ。


 あのときは偽造通貨ではなく情報流出を疑われた。だからそれを回避するために、五回目(こんかい)はエレナ宛の書簡には気を配っていた。


『エレナ様、ちなみに中身は?』

『まだ開けてないわ。アリアが中身を確認するまでは開封しないって約束したでしょう?』


 ――エレナも、自分を信じてこの書簡を自分に預けてくれたのに。


(私が軽率なことをしたせいで………!!)


 アリアは唇を噛みしめる。


 あの書簡はセドリックかライナスに託すべきだった。

 それなのに、自分でどうにかしようとしてユーリを頼ったせいで――


『誤配ルートなら、届いた書状は中身を開封されることもなく破棄されるから、たとえ台帳に残ってても問題ない』


 送り先を誤った書簡として処理すれば中身を開封されることはないと、そう言っていた。でも、今その書簡は監察局長の手にある。つまり、誤配ルートで処理されなかったということ。


(ユーリ……どうして………?)


 アリアはぎゅっと、耐えるようにこぶしを握ることしかできない。


「クラヴィス嬢は認めているのか?」


 セドリックの問いに、監察局長は書簡を閉じながら言う。


「そのようなことは何も知らないと否定しているが、こうして内通の証拠がある」


「仮に書簡が本物だとして、なぜ偽造硬貨に『ルガード家』の刻印を使う必要がある?」


「その点は調査対象だ」


「つまり矛盾があると認識しているわけだな?」


 まっすぐに投げかけられたその指摘に、周囲の空気がかすかに波のようにざわめく。


「新通貨計画とやらが本当に存在するならば、マルタユ帝国かあるいはクラヴィス家の紋章を使うほうが遥かに効果的だろう」


「エレナ・クラヴィス嬢とマルタユ帝国との関連が浮上した今、些細な問題に過ぎない」


 監察局長の表情はまるで仮面のように動かなかった。


「ルガード家とクラヴィス家は『五十年前の因縁』がある。意図的に送られた書簡である可能性、もしくは、クラヴィス家を陥れるための罠として仕掛けられた線を考慮しないのか?」


「立証できない以上推測に意味はない。そして『五十年前の因縁』など存在しない」


 セドリックの目が細められた。その奥に冷たい光が宿る。


(……違う。知ってる。私たちは確かにこの目で見たのに…)


 埃をかぶった古い資料から、セドリックとともに掘り起こした真実。

 歴史の影に葬られていたかつて王国を揺るがした告発の記録を、自分たちは見た。


 クラヴィス家の前当主――エレナの祖父による告発状。

 ルガード家が西部の山岳地帯で行っていたこと。

 そして下された裁定結果もすべて。なのに――


(存在しない、なんて……)


 それが真実だと言わんばかりの断言に、アリアはぞくりと背筋が粟立つのを感じた。


「なるほど……初めから筋書きは決まっているというわけだな」


 セドリックはゆっくりと口の端を持ち上げて、鼻で短く笑った。

 監察局長の顔が、一層険しさを増す。


「貴殿は、この国が選択した過去を暴こうとした。その時点で王政の秩序に背いたと見なされる。よって王政の転覆を意図した動きと断じられる」


「違います……っ!!」


 アリアは前へと飛び出した。


「確かに記録を見たんです!五十年前の封印された資料を!私たちはただ偽造硬貨の出所を調べるために、紋章を調べようとしただけで……国家転覆なんてそんなつもりは――!」


 感情が崩れそうになるのを押しとどめながらも、必死に叫ぶ。

 けれど、アリアの訴えも届かなかった。


「君もだ、アリア・セルフィア」


 観察局長は冷たく言い放った。


「君はクラヴィス嬢付きのメイドだったな。クラヴィス嬢と結託していたとしても不思議ではない」


 アリアの全身から血の気が引く。


「…っ違います!そんなことは…!」


「何より第一宰相と行動を共にし、王国の過去を暴こうとした。身分の如何(いかん)を問わず君も処罰の対象だ」


 なおも言い連ねようとしたが、それはかなわなかった。背後に控えていた屈強な近衛兵たちがアリアの腕を掴み拘束したからだ。

 そのまま体を押さえつけられ、手首に拘束具を嵌められようとしたとき――



「……やめろ。彼女は何も知らない」



 セドリックの声が、大広間に響いた。


 その声は低くどこまでも静かで、それでいて凛としていた。


「すべては俺の指示だ。記録保全区画の立ち入りも、俺の独断で行動した。彼女は俺の命令に従っていただけだ。

 ()()()()()()に過ぎぬ彼女に、国政を揺るがすような意図があるはずもない」


「ですが第一宰相、彼女はあなたと共に行動を、」


「メイドの身分で逆らえなかっただけだ。宰相命令を断れば不敬罪に問われかねないからな」


(違う…私が自分から知りたいと望んだ。自分の意志で調査に同行したのに…)


 アリアの胸がつき上げられたように痛んだ。

 ふと顔を上げると、隣りのセドリックが、まっすぐにアリアを見つめていた。


「君はただのメイドだ……そうだろう?」


 その言葉に、アリアの喉が詰まった。


『ただのメイドだとは思えない』

『君はただのメイドではなさそうだからな。その勘の良さが何か役立つかもしれない』


(…いつだってずっと、私を『ただのメイドじゃない』って言ってくれてたのに……)


 それでも―――セドリックが自分を庇っていることくらい、アリアには分かった。


 『ただのメイド』でいさせてくれる。

 どこまでも残酷で、優しすぎる言葉なのだと。痛いほどに。


 こらえきれない涙が、一筋頬から零れ落ちる。


「……はい」


 震える声で絞り出すように、アリアは頷いた。



「私は……ただのメイドです」



 その瞬間、蒼玉色の瞳がほんのわずかに和らいだように見えたのは、アリアだけだった。



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