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24.意外な助っ人

 文官棟の長い廊下を、アリアは速足で歩いていた。


 ――目指すのは、宰相執務室。


 ところがいくらノックしても返事はなく、しばらくして通りかかった当直の文官が申し訳なさそうに首を振った。


「グレイヴナー閣下は本日の閣議が長引いておりまして。ライナス筆頭秘書官も外回りの調査で戻りが遅れております」


「……そうなんですね…ありがとうございます」


(二人とも偽の硬貨のことで忙しいのかもしれない…)


 固く閉じられた重厚な扉を前に、アリアはしばらく立ち尽くしていた。

 アリアは無意識に手の中の手紙に視線を落とす。


 ――マルタユ帝国。


 過去のループ、四度目の世界でエレナがスパイとされてしまったとき、きっかけになったのがこの書簡だった。

 エレナが言語学に精通していることも裏目に出た。そして彼女自身まったく身に覚えのない罪で断罪されてしまったのだ。


 それがいま、まったく同じようにエレナの元に届いた。


 内容はマルタユの言語で書かれているから読めないけれど、過去と同じならエレナが帝国側と内通していることを疑わせるような内容に違いない。


 (完全に……油断していた)


 四回目と時期がずれていたせいで、このフラグの存在を忘れかけていた。


 しかも今回は偽造硬貨事件なんて新たな陰謀まで重なっている。混乱の渦は明らかに大きくなっているのに、自分はまったく追いつけていない。


(どうしよう…このままじゃまたエレナ様がスパイ扱いされちゃう……!!)


 アリアは階段を下りた先で、思わず背を壁に預けた。

 石壁の冷たさを感じながら肩を落とす。


「アリア?どうした、そんな顔して」


「わぁああ!!」


 ふいに顔を覗き込まれて、アリアは盛大に飛び上がった。


 そこには文官服の裾を揺らしながら立つ青年の姿。

 明るい栗色の髪、どこか飄々とした笑み。


「……ユーリ!?なんでここに…」


 思わず声が漏れた。


「そりゃ文官なんだから文官棟にいるだろ。偶然通りかかったらなんか深刻そうな顔してたから、腹でも痛いのかと思って」


 人懐っこく笑うユーリは、いつも通りの軽い調子だった。


(そうだ、ユーリがいた…!!)


 過去のループでは顔を合わせれば憎まれ口ばかりだったけれど、今回は違う。


 気さくでフレンドリーで、しかも文官棟で働いている。

 八方ふさがりのアリアにとっては、ユーリが救世主のように輝いて見えた。


「あのね、ちょっと相談したいことがあるんだけど…」


 アリアはユーリを文官棟の端の窓辺まで引っ張っていく。

 誰にも聞かれないようにと考えてのことだったけれど、手の中にある手紙のことを考えると落ち着かなかった。


「実はちょっと困ったことがあって。エレナ様宛に手紙が届いたんだけど国交のない他国の書式でね?しかもそれが王宮の記録に残っちゃってるの……」


「国交のない他国?」


「……マルタユ帝国」


 アリアの話を聞きながら、ユーリの顔が険しくなった。


「……なるほど。消印を見るに、マルタユ帝国と国交のあるサリマール国経由で届いてんのか。手が込んでるな」


「目的はエレナ様を嵌めるためだと思う!それ以外考えられないもの」


 ユーリは顎に手を添え、考え込むふうに目を伏せる。


「クラヴィス公爵令嬢は、ミカエル王太子殿下と正式に婚約して公務にも参加し始めて…大事な時期だもんな。そんなときにキナ臭い国からの書状が届いたなんて、確かにまずいよなぁ…」


「そう、そうなの!!」


 アリアは首がもげんばかりに頷く。

 あまりに必死なアリアの様子に、ユーリは少し眉を上げてから柔らかく笑った。


「分かった。ちょっとコネを使って処理するように話をつけてきてやる」


「えっ!?そ、そんなことできるの??」


 驚きに目を丸くするアリアに、ユーリはニッと笑って片目をつむって見せた。


「俺だって伊達に文官をやってない。王宮にはさ、毎日たくさんの書簡が届くんだよ。もちろん由緒正しい書簡もあれば、王族へのファンレター、逆に変な団体からの苦情とか怪文書みたいなやつまで大量にな」


 ユーリは周囲を軽く見回してから、アリアのほうへ身を寄せる。


「そういうのが届いたときにうまく処理するルートがある。誤配ルートっていって、要は()()()()()()()()()として処理する。書状は誰にも開封されずに袋に一纏(ひとまと)めにされて、一定の時期が来たら破棄される」


 そんなルートがあるなんて知らなかった。

 けれど、アリアはふと頭に疑問がよぎる。


「じゃあ管理台帳の記録には残っちゃうってこと?」


「あぁ。管理台帳記録の改ざんまでは難しいから、クラヴィス嬢宛てに王宮に届いた事実は消せない。でも『誤配だった』って扱いにすれば台帳に追記される」


 なおも不安そうなアリアに、ユーリは軽く笑いながら続ける。


「そもそも誤配ルートなら、届いた書状は中身を開封されることもなく破棄されるから、たとえ台帳に残ってても問題ない。誰もそんなの確かめないからな」


「うわ、助かる……っ」


 アリアはその場でへたりこみそうになるほど胸をなでおろした。


「本当にありがとう、ユーリ!!」


「いいって。困ってるときはお互い様、だろ?」


 いつもの調子で肩をすくめる彼の笑顔に、アリアもようやくほっとした表情を見せる。

 そのとき、ユーリがアリアの髪に目をとめた。


「……それ、髪飾り?」


「えっ、あっ……う、うん……」


 咄嗟に手で隠そうとするアリアに、ユーリは「ふぅん」と一言だけ洩らしてから、にこりと笑った。


「似合ってるじゃん。シンプルだけど、そういうのがアリアらしいっていうか」


「……っ、ありがとう……」


(ユーリって、これまではこんなこと言うキャラじゃなかったよね!?なんか恥ずかしいんだけど……!)


 頬を真っ赤にして視線を逸らすアリアを見て、ユーリはくすりと笑う。


「じゃ、俺はそろそろ行くから。書簡の件は今日中になんとかしておくから心配すんな。一応また明日報告するけど」


「うん……ほんとにありがとう、ユーリ!」


 軽く手を振って去っていく彼の背中を見送りながら、アリアは深く息を吐いた。


(よかった……本当に……!)


 フラグのタイミングが違ったり、偽の硬貨とか気になることもある。

 けれど、セドリックやユーリ、ライナスといった味方も増えて、これまでより順調に進んでいるように思える。


 そこまで考えて、アリアは「あっ!」と叫んだ。

 視線が頭上の窓の外を見上げる。陽の傾き、時間の流れ。


「いけないっ、もう日次報告の時間……!!」


 観察報告が遅れたら、また何を言われるか分かったものではない。


「セドリック様の前では普通に、落ち着いていなきゃっ……!!」


 そう自分に言い聞かせながら両頬をぺちぺちと叩いて気合を入れ直す。

 そして、すぐさま文官棟の階段を駆け上がっていった。



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