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23.見えない影

 窓の外はまだ淡く、夜と朝の狭間を揺らしていた。


 王宮仕えのメイドの朝は早い。使用人部屋の一室で、アリアは小さな鏡台の前に腰掛けると朝の身支度を進めていた。

 ブラシで髪を梳かしながら、鏡台に置いた小さな箱が目に入る。


 昨夜セドリックから贈られた銀の髪飾り。

 まだ手にしたばかりのそれは自分には眩しすぎる宝物のようで、なかなか触れることすらできずにいた。


 アリアは震える指先で、そっと箱を開ける。


 中から現れるのは、銀の細工が施された繊細な髪飾り。

 陽の光を受けて、ほんのりきらめく花の模様が浮かび上がる。


「……すごく、綺麗……」


 布で丁寧に磨きながらゆっくりと光に当てると、光の加減でほのかに模様が煌めく。


 初めて男性から贈られた贈り物。

 それがこんなに素敵なものだなんて、まだ信じられない。


 この髪飾りをセドリックが自分の髪に挿してくれたときの感触や、首筋に触れた指先の温度がまだ肌に残っている気がする。


「……私なんかに、どうして」


 ぽつりと漏れた独り言は、鏡の中の自分に向けた問いだった。


 宰相という立場の人が、ただのメイドである自分に。

 荷物持ちとしての付き添いだったはずの視察で、こんな贈り物を用意してくれていたなんて。


「アリアってばニヤけてる~、昨日絶対になんかあったでしょ!」


 背後から面白そうに茶化してきたのは同室のメイド仲間・ロレッタだった。一足先に支度を終えていた彼女は、アリアの頬の緩みに目ざとく指摘する。


「えっ、ニヤけてなんか……っ!」


「それどうしたの?そんな高そうなやつ自分で買わないよね?ってことは、一緒に視察に行ったあの宰相様から??」


「ち、違っ、これはっ、別にっ……!!」


「はいはい隠してもお見通しよ~?でも宰相様って普段はめっちゃ冷徹って感じなのに、スイーツ用意したりプレゼントくれたりアリアには優しくない?」


 勘の鋭いロレッタがぐいぐいと踏み込んでくる。


「で、アリアはどう思ってるの?好きなの??」


「なっ、ななっ……!?!?」


「隠してもバレてるって。恋する乙女の顔してるもん」


 そのものズバリな一言が放たれて、アリアは二の句が継げなくなる。

 ロレッタはその様子を面白そうに見やってから、頑張んなさいよ~?とひらひらと手を振って部屋を後にした。


 残されたアリアは、両手で自分の真っ赤な顔を覆って小さく呻いた。


(…違う、違うはずなのに……)


 でも、否定しようとするほど胸の奥がちくりと痛む。


 昨日、あの人の手が自分の髪に触れた感触。

 君には銀が似合う――そう囁いた低い声。


 あんなの、どうしたって忘れられるはずがなかった。


 ロレッタの言う通り、自分はあの人に恋をしてしまっているのかもしれない。


 でも。


「……ダメ、だよね……」


 ぽつりとこぼれた言葉は、自分に向けたもの。


(私はただのメイドで、あの人は王国を支える宰相……身分も立場も何もかもが違う)


 そうだ、自分がいま本当に守りたいものは――


「ミカエル殿下とエレナ様の幸せ!!」


 アリアははっきりと言葉にした。

 強く、自分を縛るように。


「それが最優先!それさえ叶えば私は……!」


 その場で燃え尽きたっていい。


 少し前までは本気でそう思っていた。

 それが五回目の人生を得た使命だと信じて疑わなかったし、今でもそうだと思い込もうとしてぎゅっと手に力を込める。


(……それでも、やっぱり)


 その柔らかな光を見るたびに、どうしようもなく胸の奥が温かくも切ない熱を帯びてしまう。

 それは、嘘のつけない気持ち。


 まだ名前を付けることは許されない、小さな想いのかけらだった。



 * * *



 その日、午前の業務が一段落したころ。

 ミカエル殿下との公務から戻ってきたエレナ嬢のために、アリアはカップにお茶を注いでいた。


「…ねぇアリア、ちょっと見てもらっていいかしら?」


 エレナの柔らかな声に、アリアはすぐにポットを置いて振り返った。


「はい、なんでしょう?」


 エレナの手には一通の封書。淡い青のシンプルな封筒だった。


「この手紙が今朝届いたのだけれど……どうも書式が見慣れなくて。アリアはどう思う?」


 封筒の表を見るとフェルディア王国の文字で「親愛なるエレナ・クラヴィス嬢へ」の文字が書かれているけれど、少し書式がおかしかった。


「……エレナ様、ちなみに中身は?」


「まだ開けてないわ。アリアが中身を確認するまでは開封しないって約束したでしょう?」


 エレナが自分との約束を守ろうとしていていくれたことが嬉しくて、アリアは一瞬顔をほころばせるも、すぐに引き締める。


 ペーパーナイフで慎重に封を切って中の便箋を抜き出す。


 一目見た瞬間、アリアの背筋に冷たいものが走った。


(この書式……!)


「……エレナ様。この手紙……差出人に心当たりは?」


「いいえ…でもこの文字マルタユ帝国のものよね?私、少し言語学の勉強をしていたから見たことがあるの。ただ文法までは分からないけれど…」


 見慣れない文字で書かれた文面。

 それだけじゃない、署名や日付のレイアウトや表記、独特なピリオドの打ち方。そして端に押された印。


 これは四度目のループで一度だけ目にしたことのある、他国――今は断交状態にあるマルタユ帝国の外交書式だった。


(四回目のときは、この書簡が証拠となってエレナ様が『他国のスパイ』と断じられた……)


『王族および準ずる者宛の郵便物は、管理台帳に記帳されている』


 ラヴィニア侯爵家からの招待状を探していたとき、ライナスからそう教えられた。つまり、この手紙もすでに『クラヴィス嬢宛の書簡』として、記録されている可能性が高い。

 もしこれが公式に記録されていたらまずいことになる。


「……すみません少し確認したいことがっ、また改めてお話に来ます!」


 丁寧に頭を下げると、アリアはスカートを翻して部屋を飛び出した。


 向かうは王政の中枢、宰相執務室。



(セドリック様かライナスさん……早く、誰かに相談しないと……!)



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