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19.飴より甘い 1

 思考が混線した状態のままで、アリアはセドリックに手を引かれていた。


 しばらく歩いて立ち止まった先は、小道の先にある一軒の小さなお店の前だった。

 店先の看板には『飴細工専門店』の文字。


「あっ宰相様!来てくれたんですね!」


 店先からぴょこっと顔を出したのは、さっきセドリックに飴を渡すよう頼んだあの少年だった。


「もらった飴が美味かったから、もう一つもらおうと思ってな」


「本当ですか!?」


 少年の表情がぱあっと輝く。セドリックの賛辞に、全身で嬉しさを表しているのが微笑ましい。


「あぁ、特大サイズで頼む」


「父ちゃーん、飴一つ特大サイズで!!」


 元気な声が店の奥へ飛んでいくと、しばらくしてがっしりとした体格の男性――少年の父親が店の奥から姿を見せた。

 アリアはこそっとセドリックを見上げて話しかける。


「……もしかして最後の一軒ってここですか?」


「そうだ」


 短く即答するセドリックに、アリアは意外すぎて目を丸くした。あの冷静沈着な宰相閣下が、こんな小さな飴細工屋にわざわざ立ち寄るなんて。


(もしかして実はけっこう甘党だったり……?)


 そういえばスイーツにも詳しそうだったしな、と日次報告で用意されていたスイーツを思い出す。


 そんなことを考えている間に、目の前では飴づくりが進んでいた。

 少年の父親である飴職人が手鍋から鉄板の上に細く飴を垂らして、器用な手つきでくるくると絵を描いていく。


「わあ早い…!」


「へへ、手早くやらないとすぐ固まっちまうんですよ」


 そう言いながら飴に棒をつけると、あっという間に色鮮やかな飴細工が完成した。


「お待たせしました宰相様!」


「ありがとう」


 セドリックは代金を手渡すと、静かに問いかけた。


「ところで店主、こういう硬貨を見たことはないか?」


 そう言って、懐から取り出した一枚の硬貨を取り出して見せる。あの奇妙な紋章入りの硬貨だ。

 店主は不思議そうに手に取ったあと、すぐにぽんと手を打った。


「ああ、これなら昨日うちにも紛れてましたよ」


 ごそごそとカウンターの下を探ってから、数枚の硬貨を見せてくれた。一見すると普通の王都通貨と見分けがつかないが、裏返してみるとやはり――


「……同じだな」


 セドリックが低く呟いた。


 さっき見つけたものと同じだ。毒針ブローチのカードついていたのと同じ紋章が、王宮貨幣局の上から刻印されている。


(このお店にも……ということはもう南市街中に広がっているの?)


 過去のループにはなかった、五回目にして初めての事件。


 アリアの胸の奥が、ざわざわと騒ぎ出す。


 人々の笑い声と活気に満ちたこの光景が、何か取り返しのつかないものに変わってしまうかもしれない。そんな悪い予感が脳裏をよぎってしまう。


「……ありがとう店主、参考になった」


 セドリックは表情を変えずにお礼を言うと、くるりとアリアのほうへと向き直った。


「ほら」


琥珀色に光る大ぶりな飴細工が目の前に差し出される。


「えっ、私に?」


「今日一日荷物持ちをしてくれた礼だ」


 きょとんとするアリアに、セドリックはあっさりと言う。


「うわ、ありがとうございます……けど、ちょっと大きすぎません!?」


 まるでお祭りの屋台で売っている、子どものころに憧れた夢みたいな大きさに思わず声が出る。想像以上の大きさとずっしりとした重み。


「ママ見て、お姉ちゃんが持ってる飴おっきい~!」


 通りすがりの子どもたちが、指をさしてはしゃいでいるのが聞こえた。周囲の大人たちまで「あらほんとね~」とか言いながら微笑ましそうにこちらを見ている。


(なんか目立ってる!?めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど…!)


 ちらりとセドリックを見上げると、案の定うっすらと口元を緩めていた。それはもう、あからさまにからかいモード全開の目で。


「……もしかして閣下が飴食べてるの笑ったこと、根に持ってたりします?」


「そんなことはない、今日一日の感謝の気持ちを表してるんだ。食べないのか?」


 アリアからの疑いの目にセドリックは涼しい顔で言い返す。

 けれど、さらりと告げるその声は妙に上機嫌だった。


(絶対、嘘!仕返しに決まってる…!!)


 心の中で叫びながらも、せっかく作ってもらった飴を無駄にはできない。覚悟を決めるように、アリアは手元の飴に視線を戻すとそっと口を近づけた。


「……いただきます」


 ぱきっ――


 軽やかな音とともに、飴の欠片が口に触れる。

 口の中に広がるのは優しい甘さの、どこか懐かしい味。


「……あ、美味しい……」


 自然と感想が口をついて出て、次に笑みがこぼれた。


「それはよかった」


 満足そうに頷くセドリックの視線が妙に恥ずかしい。アリアは顔を真っ赤にしながら、両手で飴を隠すようにしてそっぽを向く。


(じっと見られてると食べづらい……っ!)


 見られないように顔を背けながら、もぐもぐと食べ進めていたとき、ふいにセドリックが一歩距離を詰めた。


「……飴、口の端についてる」


「えっ?」


 驚いて手を伸ばしかけた、そのとき。


 すっと指が伸びて、ためらいもなくアリアの唇の端に触れた。淡く、けれど確かに伝わるひやりとした指の感触。


「っ……!」


 セドリックは指先で飴のかけらを拭い取る。

 そしてそのまま唇へと運ぶと、指先に着いたそれを迷いなく舐め取った。


「~~~~っ!?」


 呼吸も心臓も血の巡りも、全部が瞬間的に跳ね上がる。あまりの破壊力に、アリアは顔を真っ赤にしてぱくぱくと口を動かすことしかできない。


 けれど本人はまるで何でもないことのように、舌先に触れた飴を味わっている。


「甘いな」


 その一言すらも、なぜだか肌に火がつくほど艶っぽく聞こえるのだからずるい。


「……ねえ、やっぱりおねえちゃんって宰相様の彼女なの?」


 店先で一部始終を見ていた飴細工屋の少年が、ぽつりと呟く。

 慌てて振り向くと、それはもう純粋な瞳でまっすぐにこちらを見ていて、アリアの背筋がぴしりと凍りついた。


「ち、違うの、全然違うからっ……!!」


 必死に頭をぶんぶん振るアリア。

 けれど目の前の少年はきょとんとしたまま、無垢な目でこちらを見上げている。痛い。無垢な瞳が痛い。


(お願い、そんな目で見ないでぇぇぇ……!!)


 助けを求めるように隣りを伺うも、セドリックは相変わらずの涼しい顔を浮かべたまま。


「もうっ、閣下も涼しい顔してないで何とか言ってくださいよっ!」


「子どもの言うことだ。そこまで真に受けなくてもいいだろう」


 至極あっさりとそんな言葉が返ってきた。しかも、アリアが無言の抗議を向けてもなお、ますます面白そうに口元を緩めるばかり。


(ずるい……!本当にこの人ずるい!!)


 けれど言い返すこともできず、耳まで熱くなるのはどうにもできなかった。



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