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18.偽の硬貨

 昼食を挟んで午後も視察は続いた。


 日差しが雲に遮ぎられ始めたにもかかわらず、南市街はますます熱気を帯びていた。行き交う人々の活気が空気を押し上げるかのように五感をくすぐる。


「この辺りは道も細くて入り組んでいる。警護の人間もいるが、迷子になるなよ」


 セドリックがぴたりと隣りに並んで低く声をかける。


「もう、大丈夫ですよ!」


 にっこりと胸を張るアリアにセドリックが小さく微笑んだとき、通りの一角から声が飛んできた。


「宰相様!ちょっと聞いてくださいよ!」


 振り向けば、屋台を構える初老の男が手を挙げながら駆け寄ってきた。


「最近、この辺りで妙な硬貨が出回ってるんです」


「妙な?」


 立ち止まったセドリックに、男は懐から一枚の硬貨を取り出して見せた。一見すると王国に流通している正規通貨のようで、表面には見慣れた数字の刻印が施されている。


「……裏が違うな」


 セドリックの声が、ふっと低く落ちた。

 王宮貨幣局の正式な紋章の上から、まるで重ねるかのように見たことのない異なる意匠(デザイン)が刻まれている。まるで、塗りつぶすかのように。


「最近ちょくちょく混ざってて、特に若い客が使ってるみたいなんです。一見じゃ気づかない精巧さで……うちじゃちゃんと裏面も確認して、見つけたら受け取り拒否してるんですが」


「回収数は?」


「数日前から急に増えて……うちだけで三十枚ほど。でも他の店でも被害が出てるみたいで」


「すべて預からせてもらう」


 セドリックの表情は変わらないが、わずかに纏う空気が変わった。警護の兵を数名呼び寄せて即座に指示を出して周囲の店から回収に当たらせ始める。


(偽の硬貨……これまで四回のループではそんな事件は起こってなかった…)


「あの、私も見せてもらっていいですか?」


 アリアは店主から受け取った偽の硬貨を受け取って、まじまじと見つめる。


 鈍い光を放つそれは錆で汚れているところもあるものの、大きさも重さも通常の硬貨とは変わらない。

 これでは、何気なく受け取ったら裏の意匠の違いまで気がつかなくても無理はないと思った。


 (……この、上からかぶせられた紋章、どこかで見たことがあるような……?)


 脳裏の奥が、ちりっと痺れる感覚。

 そして、記憶の奥底がぱちんと弾けたようにひらめく。


「あ……!!」


(思い出した…()()()()の…!!)


「どうした?」


 セドリックからの問いかけに、アリアは反射的に顔を上げる。


「あの……エレナ様に、毒針入りのブローチが贈られてきたことがありましたよね?その箱に小さなメッセージカードが入っていたんです。そこに刻印されていた紋章が……確かこれと同じで」


 手のひらに乗せた硬貨を指先でなぞりながら言うと、セドリックの動きが止まった。


「そのカード、今はどこにある?」


「え?えっと……確かブローチと一緒に王宮監察局に提出したので、たぶん保管庫にあるはずです」


 アリアが答えると、セドリックの蒼玉色の瞳が細く鋭く光った。

 すぐさま控えていた従者へと指示が飛ばす。


「先に王宮に戻りライナスと連携して王宮監察局にすぐ確認を取れ。それからこの硬貨の分析を急がせろ」


「かしこまりました!」


 その思考と判断の速さと漂う緊張感にアリアは息をのんで、走り去って行く従者の後ろ姿を見送った。


「よく記憶していたな」


 セドリックは硬貨を指で高く弾くと、銀色の小さな硬貨が反射して鈍く光った。


「これが解決の糸口になるかもしれない。今日一番の収穫だ」


「そんな、本当にたまたまですから…!」


 ストレートに褒められると思わなくて、アリアは慌てて両手を振った。


「四度目のたまたまか?君はよっぽど偶然の神に愛されているんだな」


「えっと……」


 低く揶揄するように言いながらも、意外にも問い詰めるような気配はなかった。

 むしろアリアの持つ()()を、もはや必然として受け入れているかのような、そんな空気だった。


(……どうして、そんなふうに)


 アリアはどう反応していいか分からずに、手の中の硬貨に目線を戻す。


(刻印された紋章が同じ…ということは、毒針事件も偽の硬貨も裏で繋がっている…?)


 あの紋章、ずっとどこかで見たことがあるような気がしていた。

 でも思い出せない。いつだったんだろう。何度のループで?どこで見たのだろうか。


 それが分かれば、もっと真相に近づける。


(そうしたら、もっとこの人の役に立てるかもしれないのに……)


 そこまで考えて、アリアはふと自分の中に生まれた感情に気がついた。


(……あれ?)


 ――セドリックの役に立ちたい。


 それはただの使命感とは違っていた。

 殿下とエレナ様のために、王国の未来のために。それも嘘じゃないけれど。


 いま浮かんだその思いはもっとずっと個人的で、もっとずっと彼だけを見つめていた。


(な、なんで……!?)


 頬がじんわりと熱を持つ。

 焦ってその感情を打ち消そうとするけれど、いまさらだった。


(ど、どうしよう……!絶対、変な方向に進んでる気がする……!!)


「顔が赤いな」


「えっ、な、なんでもないです!日差しがっ、ちょっと暑くて!」


「そうか?どう見ても曇り空だが」


「気のせいです!少し考え事をしていただけで!!」


 どんどん墓穴を掘っている気がするのに、口が止まらない。

 焦りに焦っているアリアの様子をセドリックは一瞬だけ無言で見つめると、ふっと口元を緩めた。


「ちょっと、ついてこい」


「えっ!?視察は……?」


「ここで切り上げる。ただ、最後にもう一軒だけ寄りたいところがある」


 そう言うなり、セドリックは自然な手つきでアリアの手をとった。

 ぐい、と引かれるようにして、人混みの中へと歩き出す。


「ちょっ……!あの、ちょっと手が……!?」


「迷子になられると困るからな」


「いや迷子って!?さすがに子どもじゃないんですからっ……!」


 人波の中を、温かくて大きな手に迷いなく引かれて進んでいく。

 握られた手から伝わる体温が、どんどん心の奥まで染み込んでいくようで胸が跳ねる。


(どうしよう…こんなはずじゃなかったのに……)


 この手に、ずっと引かれていたくなるなんて。



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