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14.変わったのは

「……変な夢を見た」


 目覚めたとき、アリアは真っ先にそう呟いた。


「バルコニーから落とされかけて、助けられて…」


 ぐわん、と脳内で映像がフル再生されてしまう。

 ベッドの上での尋問、至近距離の視線、頬をなぞる指先、そして―――


(息が当たるくらい距離が近くて、頬を撫でられたりして…って、え!?!?)


 柔らかな枕に顔を押しつけながら、昨夜の記憶が一気に押し寄せる。


 いっそ全部夢だったことにしたい。

 でも、はっきりとした肌の感触や視線の熱、息が当たるほど近かった距離。ありありと思い出せるそれは、まぎれもなく現実だった。


(あぁ、だめだ……これは夢じゃない……絶対に……!!)


 ぐるぐると混乱しながら、アリアはベッドに突っ伏した。

 そして次第に顔が赤くなっていく。


(あれって、ほんとになんだったの……!?)


 混乱と羞恥と、ほんのり浮かぶ疑問の中で、アリアの朝は騒がしく始まった。



 身支度を整えてエレナの部屋をノックすると、いつも通りの優しい声が迎えてくれた。


「アリア大丈夫?昨夜は大変だったみたいね」


「えっ……!?いえ、私のほうこそご心配をおかけしてしまって!」


「ケガはないって聞いた安心したわ。それに宰相様と一緒に宝石泥棒を捕まえたなんてすごいわアリア!」


 エレナはふわっと微笑む。

 アリアは思わず顔を赤くし、両手で頬を押さえた。


「そ、それは……本当にたまたまその場にいただけでしてっ……!」


「でも、あなたが怪しい人にすぐ気づいたおかげでしょ?その話を聞いたとき私あまり驚かなかったの。だって アリアって本当に頼りになるもの」


「……エ、エレナ様……っ!」


 昨夜のことがまるで何もなかったかのように、優しく包み込んでくれるような笑顔。

 アリアは涙ぐみながら天を仰いだ。


(あぁ、やっぱり尊い……今日もエレナ様は世界の光……!)


「それにしても……宰相様、あなたのことをすごくよく見てらっしゃるのね」


「え!?な、なんでそうなるんですか!?」


「だって、あなたのことを『よく気がついて頭の回転が早い優秀なメイドだ』って褒めていたそうよ?」


「っ……え、えええ!?あの、その話はどこで…!?」


「さっき殿下が顔を出してくださって、そのときに少しだけお話ししてくださったの」


 ほんのり照れ笑いをするエレナの表情にアリアは釘付けになる。


(え!?朝から殿下がエレナ様の部屋に!?何それ尊…ッ、じゃなくて…!)


「さ、宰相閣下が私のことをミカエル殿下に…?」


 よく気がついて頭の回転が早い優秀なメイド。

 それだけなら最上級の賛辞に聞こえるし、王宮で働くメイドとして誇らしい。


 けれど――


『君はいったい何を知っている?』


『言葉で語れないのなら――君の反応から探るしかない』


 一度封じ込めたはずの昨夜の記憶が、またしてもぶわっと蘇ってくる。嬉しさと羞恥が同時に襲ってきて、アリアは動揺のあまり意識が遠のきかけた。


(なんかもう情報過多すぎて脳がついていけない……!)


 みるみる赤くなっていく顔を隠すようにくるりと踵を返すと、エレナが不思議そうにアリアを見やった。


「あらアリア、どこへ行くの?」


「えっ!?あ、お、お茶を!お茶淹れてまいりますので…!!」


「お茶の時間はまだよ?」


「で、でも昨日のことでエレナ様もお疲れでしょうし!特製のハーブティーをご用意しますので!すぐ戻りますーっ!!」


 パタパタと慌ただしい足音とともに部屋を飛び出して行ったアリアを見て、エレナは首を傾げた。


「アリアってば、今日はなんだか様子が変ね」


 エレナ少しだけくすくすとした笑みを浮かべて、その背中を見送ったのだった。



 * * *



 ミカエル王太子殿下主催のサロンは、表向きは無事成功のうちに幕を下ろした。


 昨夜の窃盗未遂騒動は、公式には『不審な動きがあったため今後サロンでの警備体制をより厳重にする』とだけ申し送りされただけ。犯人の身元や手口は一切明かされることなく、すべては宰相セドリックの采配によって内密に処理された。


 そして想定していた貴族からの嫌味な質問以外、アリアが恐れていたような『破滅フラグ』はなかった。

 

 (ミカエル殿下とエレナ様もいつもと変わらぬ様子で…むしろさらに距離が近づいている気がする)


 二人が顔を見合わせるたびに視線の温度が違っていた。

 そっと交わされる笑みに自然な仕草。


(しかも、朝は殿下自らエレナ様の私室を訪ねられたなんて…!!)


 昨日の一大イベントを乗り越えて、確かな信頼と絆が生まれているような気がする。


(よかった……このループは、ちゃんと未来が変わってきてる……)


 王宮の午前の業務を終えて控室に戻ったアリアは、一息つくように椅子に腰を下ろした。

 そのとき、頭の奥にふっと差し込んできたのはひとつの記憶。


 エレナ様と殿下ではなく、あの蒼玉のように澄んだ瞳。


 ベッド越しに、距離を詰めてきた昨夜。

 頬に触れた熱のこもった指先。


 その温度がまだ肌に残っている気がして、アリアは無意識に手を添える。


 この世界に戻ってきた理由は明確だった。

 推しカプの未来を守るため。


 でももう一つ、心をざわつかせる何かが芽吹いていた。


(……もしかして一番変わったのって……私のほうだったりする……?)


 過去のループにはいなかったイレギュラーな存在。

 気づけば胸の奥に居座っているあの人が、確実に自分の心に変化をもたらしているような。


(あんなふうに見つめられて……あんなに距離が近くて……)


「ってダメダメダメ!私の使命は推しカプ最優先なんだから…!!」


 アリアはそう言い聞かせながら、アリアは両頬を両手でぺちぺち叩く。


(ほんとにもう……こういうのはやめてほしい……!!)


 じわじわと浮上する記憶になんとも言えない胸のざわめきと熱が顔を出す。

 それはいくらアリアが否定しても、消えることはなかった。



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