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13.甘くいじわるな尋問

 セドリックの声は落ち着いていて、けれどどこまでも鋭く真剣だった。


 (顔が近い…!っていうか距離が近すぎる…!!)


 アリアは思わず反射的にのけぞる。

 けれどここはベッドの上、逃げ場はなんてない。


「えっと…み、見たことのない人だったので……」


「君は去年の春まで備品倉庫担当だろう?それなのに来賓の顔をすべて覚えているのか?」


 その問いにアリアの心臓がばくばくと音を立てた。


(そ、それは……それは……!)


 そう問われてしまうと説明できるはずがない。


 だって本当は五回目の人生の記憶で動いているのだから。


「君はいったい何を知っている?」


 蒼玉色の瞳が鋭くアリアを射抜いた。


「毒針入りのブローチといい、ラヴィニア侯爵家からの招待状の件といい、知り得ないことを知っている者の動きだ。二度までは偶然で済ませても、三度目ともなれば……そうはいかない」


 声も出せないほどの空気の中で、セドリックはじりじりと距離を詰める。


「君は…何を隠している?」


(どうしよう、どうすればいいの……)


 まっすぐに見つめられて、アリアは視線を逸らすことができなかった。


 呼吸もできないほどの距離。

 彼の手がベッドにかかる位置からは、いつでも体を包み込める。


 けれど、セドリックはそれ以上は近づかない。

 その絶妙な距離感が、逆にアリアの心をざわつかせる。


「……答えられないか」


 冷たいわけではないけれど逃げ道を塞ぐような声。


 それがまたアリアの鼓動を強くさせる。

 言葉が喉の奥でつかえて出てこない。 


「じゃあ、こうしようか」


 セドリックは沈黙を破ると、アリアとの距離をさらに詰める。


「君が誰かの指示で動いているようにも見えない。動機も、感情も、すべてが()()()()で動いている」


 一拍置いて、セドリックの瞳がすっと細められる。


「でも言葉で語れないのなら――君の反応から探るしかない」


 アリアの顎に、指がそっと添えられた。

 花びらを指で触れるときのような、繊細で包み込むような動き。


 拒絶を許さない触れ方に、アリアは思わず息をのむ。


 そして、指先に軽く力が込められて、顎がそっと引き上げられる。


「っ……」


 否応なく、まっすぐにセドリックの視線とぶつかった。


 蒼玉のように澄んだ、その奥に熱を孕んだ瞳。

 見つめられるだけで、心の奥を見透かされるような気がして、アリアは動けなかった。


「……っ……!」


 そのまま、彼の指先がすっと頬をなぞった。

 逃げる隙すら与えられないほどの距離で、意図的に柔らかく頬を滑る。


「君の目は、嘘がつけない目をしている」


 耳元に落とされたその囁きに、アリアの肩がびくりと震える。


「……なのに、言葉では隠そうとする。その矛盾が……実に、興味深い」


 抑揚を抑えた声。でもその一語一句に熱が宿っていて、触れられてもいない胸の奥がじわじわと焼けるように熱を帯びていく。


 アリアにはもう、考える余裕もなかった。


 ただ、まっすぐに見つめられて触れられて。

 目を逸らすことも、その言葉を否定することもできない。


「顔、赤いな」


 セドリックの声はどこか楽しげだった。

 アリアの反応を観察しながら、頬に触れていた指をすっと滑るように下へ動いた。


「えっ……」


 首筋へと移動した指先が、ぞわりとした感覚を連れてゆっくりと耳の下を撫でた。柔らかく、優しく、確かにそこに触れて、皮膚の奥まで熱が伝ってくる。


「っ……ひゃ……っ」


 肩がびくりと跳ねた。

 自分でも制御できない反応に、アリアは思わず息を詰める。


(なにこれ……おかしくなる……!)


「や、やめ……っ」


 声を絞り出すようにして抗議するが、その声すら震えていて拒絶の力を持たない。むしろ、それすらもセドリックの愉しみを煽るようで逆効果だった。


「君は嘘が下手だな。感情が顔に出すぎる」


 くすっと小さく笑った気配がして、また頬に指が触れる。


「どうだ、正直に言う気になってきたか?」


 耳元に落とされたその囁きに、アリアは喉の奥で小さく息をこぼす。

 熱くなる耳の裏、喉の奥から零れそうになる声、心臓の音。すべてが普通じゃない速度で高鳴っていく。


「それとも、知られてはいけない何かがある?」


 低く落とされた言葉は、ぴたりとはまる鍵のようにアリアの核心に触れてくる。

 図星だった。否定もできなければ、肯定もできない。


(ほんとに……だめ、これ以上はほんとに……!)


 指先ひとつに翻弄されるほどに身体が熱を帯びて、視界がにじみそうになる。内心では悲鳴を上げながらも、それを必死で堪えていたとき。


「目が潤んできたな。泣くのか?」


 囁くような声音が耳朶をくすぐる。

 指先が、頬をゆっくり撫でて、唇のすぐ近くまで――


「……な、泣きません……!」


 アリアは顔を赤らめながらも、ふるふると全力で首を振る。

 こんなところで涙なんて絶対に見せたくない。


 その反応に、セドリックはふっと微笑んだ。


「……今日はここまでにしておくか」 


 その言葉とともに、ようやくアリアの肌から指が離れる。

 満足げに、ただ少しだけ名残惜しそうに。


 ぽん、とアリアの頭を軽く撫でるようにして、セドリックは立ち上がった。

 それはあまりにも唐突で優しくて――ずるかった。


「また明日聞かせてもらおう。君の観察報告と、その続きを」


 低い声が耳に残るまま、その背中が離れていくのをアリアは呆然と見つめていた。


(……い、生きた心地がしない……!)


 心も体も振り回されただけのような感覚に、アリアはぐるぐると混乱するばかりだった。



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