# 第2章:塔の噂を知るまで
──断片記録/現実層──
※記録の端緒/報道の余波
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瀬名が“それ”に出会ったのは、一本の記事がきっかけだった。
不正受給疑惑のあるNPO法人の理事に関するスクープ。
過去の政治献金、口利き、経理不透明な資金の流れ──
瀬名は徹底的に取材し、関係者の証言を積み重ね、追い詰めた。
記事は炎上した。だが話題にもなった。
テレビのワイドショーが取り上げ、SNSでは「記者魂」などと称賛する声もあった。
瀬名は、いつも通りだった。
ただ、数日後。
その理事が自宅で自殺した。
第一報が流れたとき、瀬名は編集部にいた。
誰もが「やりすぎたかもしれない」と空気を読んだが、言葉にはしなかった。
瀬名だけが、沈黙していた。
その夜、自殺した男の部屋に残されていたメモが一部報道された。
ぐしゃぐしゃの字で書かれた言葉。
> 塔を知った者は、戻れない。
──それが、最初だった。
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瀬名は、自分の仕事が命を奪ったという確信を持てなかった。
記事は事実に基づいていた。証言も裏が取れていた。
だが、確かに「その後の死」はあった。
それを「因果関係がない」と切り捨てることは、簡単だった。
記者としても、社会の一員としても。
だが、“あの言葉”だけが脳裏から離れなかった。
──塔を知った者は、戻れない。
誰かに向けて書かれた言葉ではなかった。
だが、何かを示している気がした。
初めてその文を読んだとき、瀬名はただ眉をひそめただけだった。
“奇妙な言葉だ”──その程度の反応だった。
だが、それは夜になると形を変えた。
仕事を終えて一人きりの部屋に戻ったとき、なぜかその言葉だけが、浮かんでは消える。
──戻れない? どこに? なぜ塔なんだ?
何気なく受け流せば済むはずだった。
けれど、どうしても、その言葉の“質感”が胸に引っかかっていた。
まるで、他人の言葉なのに、自分のどこかをなぞられているようだった。
繰り返し読んでいるうちに、意味のない文字列が呪文のように変化していく。
無関係なはずの言葉が、皮膚の裏にまで染み込んでくる。
『塔』──その言葉に、なぜか惹きつけられている自分がいた。
興味ではない。好奇心でもない。
もっと、得体の知れない“吸引”だった。
どこかで、こうも思っていた。
「これは、過去の誰かではなく、自分に向けられた言葉かもしれない」と。
そんなことを考えること自体、異常だとはわかっていた。
だが、否定すればするほど、その感覚は濃く、確かになっていった。
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瀬名は調べ始める。
「塔」という単語を手がかりに、ネット上の古い掲示板、匿名ブログ、都市伝説サイト──
断片的な噂がいくつか浮かび上がってきた。
> ・塔に関わった記者が消えた
> ・取材メモに塔の言葉があった
> ・「塔の記録」は、死の前兆
どれも信憑性は低い。
けれど、それはむしろ“消された痕跡”のように感じられた。
検索結果は、どこかで“切られて”いるようだった。
古いブログは削除され、掲示板のログも途中で欠落していた。
何かが“覆い隠されている”──そう感じさせる断絶。
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さらに調査を進めていくうちに、
瀬名は一人の「元新聞記者」の名にたどり着く。
数年前、突然失踪し、いまも行方不明のままになっている人物だった。
彼が最後に残した原稿の断片には、こんな一文があった。
> 「塔の入り口は、確かに“ここ”にある。けれど、声にした瞬間、それは消える。」
瀬名は、それを何度も読み返した。
まるで、“記録できない何か”があるのだと訴えているようだった。
それは、自分の報道の手法──
記録と暴露によってすべてを明るみにするやり方への、何かの反証のように感じられた。
塔。
知った者は、戻れない。
それは、彼自身への警告にも聞こえた。
あるいは──
“これから向かうべき場所”の名を、予告されたようにも感じていた。




