13日の金曜日
その日は、いつもと何の変わりもない日曜日だと思っていた。
朝、目が覚めると、外はどんよりと曇っていて、空気は湿っぽく、何となく不安な気持ちが心を覆っていた。けれど、何も気にせず、いつものように起きて、家の中を歩き回った。
「13日の日曜日か…」
そう呟いたのは、リビングのソファに腰掛けながらスマートフォンを見ていた父だった。時計の針はすでに午前10時を回っており、何か特別なことが起こるような気配は感じられなかった。それでも、父が言ったその言葉に、何か引っかかるものがあった。
「何それ、また呪いとか言ってるの?」
私は笑いながら母に話しかけたが、母は顔をしかめ、何も言わなかった。普段は何でもないことに無駄に反応する母も、今日は少し元気がない様子だった。
「あなた、気をつけなさい。」
母のその言葉に、思わず私は眉をひそめた。
「気をつけるって、どういうこと?」
母は何も答えなかった。代わりに、父が口を開いた。
「今日は13日だろ? それに、日曜日だろう? これが一番悪い日なんだ。何か不吉なことが起こる前触れだ。」
父の目は、どこか憂いを帯びていた。私にはその意味がよく分からなかったが、どうしてもその場の空気が重く感じられた。
その後、何も起こらなかったかのように時間は過ぎていった。家族で食事をしたり、テレビを見たり、普段通りの日曜日が流れていく。しかし、午後3時を過ぎたあたりから、妙なことが起こり始めた。
家の中の電気がちらつき、何度もブレーカーが落ちる。最初は単なる故障だと思っていたが、次第にその異常は頻繁になり、何度も繰り返されるようになった。
「またか…」
父が不機嫌そうに立ち上がり、ブレーカーを確認しに行くと、家の中が一瞬、急に静まり返った。まるで時間そのものが止まったかのように、周囲の音が消えていったのだ。
「ねぇ、お父さん!」
私はリビングの扉を開け、父を呼んだが、返事はなかった。家の中はまるで誰もいないかのように静まり返っていた。
その時、背後で音がした。
振り向くと、リビングの壁に、何かが映っていた。
最初はただの影だと思ったが、その影がゆっくりと動き、形を変えていくのが見えた。人の顔のように見えるものが、壁を這っている。口が開き、何かを呟いているような気配がした。
「何…?」
私は恐る恐る近づき、目を凝らした。
その顔が急に歪み、目の前に現れる瞬間を見逃さなかった。
「あなたは…私たちのものだ。」
声は、家全体に響き渡り、耳に直接響くような感覚だった。
その声を聞いた瞬間、私の体が硬直した。
足元がぐらつき、まるで誰かに引き寄せられるように、私の体が勝手に動いていった。
その時、扉が開き、父が現れた。
「何をしているんだ!」
父の叫び声を聞いたが、私の体は動かない。
壁の中から伸びた手が私の腕を掴み、引き寄せようとする。
「やめろ!」
父が私に駆け寄ろうとしたが、次の瞬間、家の中の空気が急に重くなり、まるで圧縮されたような感覚が襲ってきた。私はその場で倒れ込み、意識が遠のいていった。
目を覚ますと、周囲は完全に暗闇に包まれていた。
何も見えない、何も聞こえない。
体が重くて動かせない。
その時、誰かの声が再び耳に響いた。
「もう遅い。」
それは父の声ではなかった。母の声でもなかった。
「あなたは…私たちのものだ。」
その声は、確かに壁から聞こえていたあの声と同じだった。
恐怖に駆られ、私は必死に目を開けようとしたが、体が言うことを聞かない。
そして、壁の向こうから、また一つの影が浮かび上がり、私に向かってゆっくりと近づいてきた。その影は、確かに人の形をしていたが、顔が無かった。
代わりに、ただ黒い穴のようなものがぽっかりと開いていた。
その影が私の前に立ったとき、私は完全に動けなくなった。
「もう、遅い。」
その言葉と共に、影は私を飲み込んだ。
そして、13日の日曜日は、二度と明けることはなかった。