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忘れられた季節

「この町には、季節がない。」


そう言ったのは、町の古びた図書館の司書である、白髪の老人だった。

彼の目はどこか遠くを見つめており、何かを深く知っているような、秘密を抱えた表情をしていた。


ミカはその言葉に心を引かれた。都会から引っ越してきたばかりで、知らない町の風景に少しずつ馴染み始めていたが、この町にはどこか不思議な空気が漂っていた。人々は親切で、町並みは美しい。しかし、どこか違和感を覚えることが多かった。


ある日、ミカは図書館で偶然その老人と話をした。彼はしばらく黙ってから、ゆっくりと話し始めた。


「忘れられた季節があるんだ。この町には。それは、誰もが記憶から消している季節だ。でも、確かに存在していた。」


「忘れられた季節?」ミカは疑問に思った。


「そう。春でもなく、夏でもない。ただ、誰もがその存在を忘れている。でも、まだ残っている。見えない形で。」老人は小さくため息をついた。


その言葉が心に残ったミカは、町を歩きながらその「忘れられた季節」について考えていた。

その季節が何か、どんなものなのか、どうして忘れられてしまったのかはわからなかったが、どうしても気になった。


そして、数日後、ミカは町外れにある小さな森に足を運んだ。

そこには古びた小屋があり、かつて誰かが住んでいたような痕跡が残っていた。

好奇心に駆られて小屋に近づくと、扉がひとりでに開いた。


中には、何もない空間が広がっていた。

だが、どこからかひんやりとした冷気が漂っている。

ミカが足を踏み入れたその瞬間、扉が音もなく閉じた。


「誰か…?」声をかけても、誰も答えない。部屋の中は、時が止まったかのように静かだった。


突然、背後でガサガサと音がした。振り返ると、暗闇の中から何かがゆっくりと近づいてくるのが見えた。それは、ぼんやりとした人影で、まるで霧のように形を持たない。


その影は、ミカに向かって歩きながら、淡々と語り始めた。


「この町は、季節を忘れた。何年も前に、この町を支配していたものが季節を取り去った。春、夏、秋、冬。すべてを消し去り、代わりに『忘れられた季節』が残った。」


ミカは足をすくませた。「忘れられた季節って、いったい…」


影はにじむように姿を変えながら続けた。

「それは、誰も思い出すことができない。存在していた証を誰も覚えていない。しかし、その季節はまだ、この町に隠れている。」


その言葉が耳に残り、ミカは背筋を凍らせた。

その時、突然小屋の中が急に暗くなり、空気が重くなった。

目の前に広がっていた影が、急に大きく膨れ上がり、ミカの周りを取り囲んだ。


「それは、恐ろしいものだ。」影の声が響いた。

「季節が消えたことで、この町の時間は歪み、すべてが狂い始めた。その証拠が、あの小屋だ。」


ミカは足を引きずるようにして後退り、出口を探した。しかし、目の前の暗闇がどんどん迫ってくる。もう、どこにも逃げ場はないように感じた。


その瞬間、空気がぴたりと止まった。

そして、静寂の中で、どこからともなく「忘れられた季節」の記憶が次々と甦った。

春の暖かい日差し、夏の夜の虫の音、秋の色づく葉、冬の冷たい風。すべての季節が、同時に、そして混乱した形で感じられた。


その記憶が膨れ上がるにつれて、ミカはその空間に呑み込まれ、やがて意識が途切れた。


目を覚ました時、ミカはもう小屋の中にはいなかった。

目を開けると、すでに町の中心に戻っていた。

しかし、町の景色は変わり果てていた。道の先には、まるで時間が逆戻りしたかのように、空が赤く染まり、遠くの森には黒い霧が立ち込めていた。


すぐには理解できなかった。

だが、町の人々の顔を見てわかった。

彼らの目は、無表情で、どこか空虚だった。

まるで、過去の季節を忘れてしまったかのように、何も感じていないような顔だった。


そして、その時、ミカは気づいた。

この町には、もう「季節」は存在しない。

時間が無限に繰り返され、同じことが何度も繰り返されているのだ。


忘れられた季節は、この町に永遠に閉じ込められてしまったのだと。


ミカは、もはやこの町を抜け出すことができないことを理解した。

彼女もまた、季節を忘れた者として、この町で時を彷徨うことになるだろう。


その後、町の誰もが口にすることはなかった。

町には、季節が無いことが当然のように受け入れられ、何も変わらない日々が繰り返されていった。

しかし、誰かが小屋に近づくと、空気がわずかに歪み、忘れられた季節の記憶が目を覚まし、また新たな者を呑み込むのだった。

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