夜の終わりに
その日、田村は疲れ果てて家に帰ってきた。
仕事が終わり、いつも通りの帰り道。
だが、帰宅の途中、いつもの道を外れて知らない道に足を踏み入れてしまった。
理由は分からない。
何かに引き寄せられるようにして、気づけば見たことのない、静かな住宅街の中に立っていた。
気味が悪かったが、気にせずに歩き続けた。
家に帰るためには、この道を通らなければならない気がした。
歩きながら不安を感じるものの、気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。
街灯がほとんどないため、足元はほとんど見えない。
だが、何故かその暗闇に慣れてきていた。
歩きながら、ふと目に入ったのは、ひとつの古びた家の前に立つ、細い鉄製の門だった。
その家の窓から、かすかな光が漏れていた。
窓辺には、何か人影のようなものがぼんやりと映っている。
田村はふと気になり、その家の前に立ち止まった。
そこで見たのは、まるで自分が見たことのない別の家のようだったが、どこかで見覚えのある気がした。だが、どうしても思い出せない。
突然、家の中から誰かの声が聞こえた。
「来たな。」
その声は、耳に残るような低い、落ち着いた声だった。
誰かがこちらに向かって話しかけている。
しかし、田村の足は動かなかった。
目の前の窓が開き、ゆっくりと顔を覗かせたのは、まるで彼自身の顔をした人物だった。だが、その人物の目は異常に冷たく、どこか無機質で、人間らしさが感じられなかった。
「君も、ようやく来たか。」その男はにやりと笑った。
「君が探していたものは、もうすぐ見つかるよ。」
田村はその言葉に深い恐怖を感じ、足を一歩後ろに引いた。
しかし、気づけばその男の顔がどんどん近づいてきていた。
目を逸らそうとしても、体が動かない。
まるで金縛りにかかったように、身動きが取れない。
「君の中にいるものが、ついに出てくるんだ。」
男はさらに近づき、田村の耳元でささやいた。
「君の中にずっと眠っていた、それが。」
その瞬間、田村の頭の中に突如として異様な感覚が走った。
まるで自分の身体が別のものに侵されていくような、重く、冷たい何かが自分を包み込んでいった。
そして、田村は気づいた。
目の前の男は、自分が過去に一度見たことのある人物だった。
しかし、その人物はすでに数年前に亡くなったはずの親友、佐藤だった。
だが、今の佐藤は完全に死んでおり、その顔はもはや人間ではなかった。
佐藤の顔は異常に歪み、目がどんどん大きく開いていく。
まるで何かを探し、探し続けているようだった。
「君の中に、もう一人の自分がいるんだ。」
佐藤の声は、田村の中で反響し始めた。
「ずっと眠っている、君の中に。目を覚ます準備が整ったんだ。」
田村はその言葉を理解しようとしたが、頭の中は混乱していた。
突然、全身に強い痛みが走り、目の前が真っ白になった。
気づけば、田村はまた別の場所に立っていた。
それは、自分の家のリビングだった。
しかし、そこには何もかもが異なって見えた。
部屋の中に立っている自分が、見知らぬ他人のように感じられた。
そして、窓の外に目を向けると、暗闇の中で何かが動いているのが見えた。
遠くから、誰かの声が聞こえる。
「おかえり。」
田村はその声に振り返ると、リビングのドアが開いて、そこに立っていたのは、完全に別の自分だった。顔が歪んで、目がうつろで、体はぎこちなく動いている。
その自分がゆっくりと近づき、田村にこう言った。
「君が探していたもの、それはもうすぐ出てくるよ。」