最後の笑顔
ある夏の夜、東京郊外に住む若い女性、恵美は、最近奇妙な夢を見るようになっていた。
その夢では、毎回同じ男が現れる。
顔は見えないが、いつも薄暗い路地で彼女をじっと見つめている。
その目には感情がなかった。無表情で、ただ黙って彼女を見つめているだけ。
恵美はその男のことをどうしても忘れられず、次第に精神的に追い詰められていった。
ある晩、仕事から帰ると、玄関のドアの前に小さな包みが置かれていた。
中身を確認すると、それは見覚えのある古い写真だった。
そこには、恵美と見知らぬ男が一緒に映っている写真があった。
男は無表情で、恵美の隣に立っていた。
その写真には日付が書かれており、それは恵美がまだ小学生だった頃のものだった。
「誰だろう、この人…?」
恵美は震えながらも、その写真を手に取った。
そして気づいた。
写真の背後に、男の手が恵美の肩に触れていることに。
彼女は恐怖を感じ、すぐに警察に連絡した。
しかし、警察はあまり関心を示さなかった。
理由は、恵美が見たこともない男だということ、そしてその写真があまりにも古く、証拠としては弱いということだった。
だが、その後も恵美の家には次々と奇妙な物が送りつけられた。
毎回、写真が含まれており、時には彼女が過去に訪れた場所の写真もあった。
恵美は次第に心身共に追い詰められ、眠れない日々が続いた。
そして、ある夜、恐れていたことが起こった。
恵美が帰宅すると、家の中に誰かがいる気配を感じた。
ドアの鍵を開けた瞬間、部屋の奥から微かな笑い声が聞こえてきた。
誰かがいる。
だが、その声は恐ろしく冷たく、心の奥から凍りつくような感覚を与えた。
「恵美…やっと会えたね。」
振り返ると、そこに立っていたのは、あの夢の中で見た男だった。
顔はやはり見えないが、彼女に向けられるその目には、深い闇が広がっていた。
男の無表情な顔が、恵美の目の前に迫る。
「あなた、誰…?」
恵美は声を震わせながら尋ねた。
しかし、男は答えなかった。ただ、にやりと不自然に口角を上げた。
その瞬間、恵美は男の目の奥に恐ろしいものを見た。
彼の瞳は、ただの瞳ではない。
そこには、無限の冷徹さと、他人の痛みに対する興奮が漂っていた。
「僕はね…ずっとあなたを見ていたんだ。」
男は静かに言った。
そして、その言葉を聞いた瞬間、恵美は理解した。
男は過去に、彼女の周りにいた人物だった。
しかし、記憶には残らない。
彼は無感情で、どこまでも冷徹な目を持つ、サイコパスだった。
「恵美が目を覚ましたとき、すでに手遅れなんだ。」
男は笑いながら、恵美に近づいてきた。
その目からは、もはや人間の感情が読み取れなかった。
無感情、無慈悲。
完全に冷徹な視線が彼女を捉えていた。
そして、恵美は最後に男の顔を見上げた。
その瞬間、彼女の意識が途切れ、目の前が真っ暗になった。
警察が到着した時、恵美はすでに死んでいた。
男の姿はどこにも見当たらなかったが、部屋の中に残されていたのは、
またしてもあの写真だった。
写真の裏には、彼女の名前とともに、ただ一言
「次は君の番だ」という文字が書かれていた。
その後も、警察は男を見つけることができなかったが、恵美の家周辺で目撃された「無表情な目を持つ男」の情報は、未だに一度も解明されることはなかった。