公園のトイレ
深夜、私は近くの公園を歩いていた。
普段は誰もいない時間帯だが、この時間帯の空気が何故か心地よくて、いつもより少しだけ長く歩きたくなった。夜風が涼しく、街灯がかすかに公園のベンチや遊具を照らしている。その中で、私の足元に落ち葉がカサカサと音を立てながら舞っていた。
突然、強い尿意に襲われた。
近くの公園のトイレを思い出し、急いで向かうことにした。
普段なら誰もいない時間帯だから、トイレに誰かがいることはないだろうと安易に考えていた。
だが、その公園のトイレは少し不気味だった。
古びた建物で、外から見ても暗くて湿っぽい印象が強かった。
中に入ると、壁はひび割れ、床には水たまりができている。
普段ならそんなトイレを避けるところだが、今は我慢ができなかった。
ドアを開けると、中に誰かの気配を感じた。
だが、誰もいない。ただ無駄に広がる湿気だけが充満している。
ふと、何かが視界の隅に動いたような気がして、思わず顔を上げた。
そこには、一つの個室。
その個室のドアはほんの少しだけ開いていて、暗闇の中から何かがこちらを見ているような気配がする。
一歩、二歩と近づいていくと、ドアが軋んで微かに開く音がした。
その音に反応して、私は恐る恐る中を覗き込んだ。
だが、目の前には誰もいなかった。
ただ、床に散らばる大量のタバコの吸い殻と古びた靴が置かれているだけだ。
と、その時。
「なに見てんの?」
突然、低い声が背後から響いた。
私は振り返ると、トイレの入り口に立っていたのは、見知らぬ男だった。
薄暗い照明に照らされたその男の顔は、どこか不気味に歪んで見えた。
「お前、今、何か見てたろ?」
その声には明らかに挑戦的な響きがあった。私は急に不安になり、体が固まった。どこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せなかった。
男は一歩、また一歩と私に近づいてくる。私の心臓が激しく鼓動を打ち、手が震えるのを感じた。すぐにでもトイレを出て、この場を離れたかったが、足が動かない。
「大丈夫だよ。」
男はそう言って、ニヤリと笑った。その笑顔は、どこか不自然で、目が笑っていなかった。背筋が寒くなり、逃げるべきかどうか迷っている間に、男は私の目の前に立ち止まった。
「出ていけよ。」
その言葉が、私にとって最も恐ろしいものに感じた。
なぜなら、彼は私が「見てしまったもの」を知っているような気がしたからだ。
男はさらに一歩近づき、私の肩に手を置いた。その手は冷たく、どこか湿っていた。私は恐怖に駆られ、その場を離れようと必死にドアを押したが、ドアはまるで開かないかのように固くて動かない。
「ここから、出られないよ。」
男は静かに、しかしはっきりとそう言った。その瞬間、私の背中に冷たい感覚が走った。振り返ると、再び暗い個室の中に、何かが動いたように見えた。
それは人の形だったが、どこか歪んでいて、まるでトイレの中からじっと私を見ているかのように感じた。
急に全身が力を失い、膝がガクガクと震えた。私はその場から逃げることもできず、ただただ男の目を見つめるしかなかった。
「君が見たのは、これからも消えることはない。」
男はそう言って、にやりと笑うと、トイレの入り口から後退し、姿を消した。
その後、私はどうにかしてトイレを出た。外に出ると、やっと深呼吸ができる。
しかし、あの恐ろしい男の目と、不気味な暗闇の中で何かが動いたような感覚が、今も胸に重く残っている。
その公園のトイレに何かが潜んでいるのは、きっとただの偶然ではないのだろう。
誰もいないはずの深夜のトイレで、私は「誰か」に出会ってしまった。




