虚空を見つめる少女
その村には、誰もが気味悪がっていた少女がいた。
名前は美月。
彼女は静かな村の外れに住む家の一人娘で、物心ついた頃から家族と一緒に過ごしていたが、近隣の人々は彼女とあまり関わろうとしなかった。
美月は、目を見開いて虚空をじっと見つめる癖があった。
時折、その視線は窓の外に向けられ、時折、部屋の隅の何もない空間に向けられることもあった。村人たちはその様子を見て、彼女が「見えている」とささやいた。
何もない空間に、誰か、何かがいるかのように。だが、美月はそれについて一言も語ることはなかった。
ある日、村で異変が起こった。
美月の家の近くの森で奇妙な出来事が続き、村の人々は恐れを抱き始めていた。
夜になると、時折、森の中からかすかな音が聞こえるという。
木々が揺れる音、何かが歩く音、さらには不気味な笑い声すら聞こえることがあった。
ある晩、村人の一人が美月の家を訪れた。
心配してきたのだが、家に入ると、美月はいつものように虚空を見つめて座っていた。少女の目はどこか遠くを見つめていて、まるで人の存在を感じていないかのようだった。家の中には、ひとしきりの静けさが漂っていた。
「美月ちゃん、どうしたの? 具合でも悪いの?」
村人は声をかけるが、美月は微動だにしない。
ただ、虚空を見つめている。
その目の奥に、何か得体の知れないものが潜んでいるような気がして、村人は背筋を冷たく感じた。
「…美月ちゃん?」
再度呼びかけると、美月はゆっくりと顔を上げ、村人を見た。
その瞳には、どこか焦点が合っていないような、不安定さが浮かんでいた。
「見えるの…?」
美月の声は、ひどく冷たく、響きが不自然だった。
村人は思わずその言葉に驚き、どう答えたら良いのか迷った。
「見えるって…何が?」
美月は静かに微笑んだ。そして、再び虚空を見つめた。
「そこに、誰かがいるの。」
村人は、その言葉に胸の奥が重くなった。
美月の指先がふわりと空中を指し示し、村人の目線がその先に追い付こうとしたが、空間には何も見当たらなかった。
風が吹き抜け、ただの無音が広がるだけだった。
「誰もいないよ、美月ちゃん。」
村人は不安を隠せずに答えた。
だが、美月は首を横に振った。
「見えるの、でも、怖くないよ。」
その瞬間、村人の体が急に震え始めた。
美月の目に映る虚空の中に、何かが確かに存在するように感じた。
目を閉じても、その存在が頭の中で強く鮮明に浮かんでくる。
村人はどうしても目をそらせなかった。
そして、美月が言った。
「私は…これから、あの人に会いに行くの。」
その瞬間、村人は背筋を凍らせた。
美月の言う「その人」が誰なのか、何を意味するのかは分からなかったが、ただ一つ確かなことがあった。美月のその目の奥には、確かに何かが見えているのだ。
村人は急いで家を後にした。家に戻ると、彼女の頭の中に、美月の言葉が何度も響き続けていた。
その夜、森の中で奇妙な光が灯り、その周囲からは不気味な囁き声が聞こえたという。誰かが、あるいは何かが、美月に導かれているような気配があった。
次の日、村人たちは美月の家を訪れた。しかし、美月はどこにもいなかった。家の中も荒れていて、家具はひっくり返され、床には彼女がいつも座っていた場所だけが空白のままだった。外には、何の痕跡も残されていなかった。
そして、その日から村では、美月の姿を見た者はいなかった。
ただ、村の周囲の森から、時折、虚空を見つめる少女の目が、じっとこちらを見ているような気配が感じられるのだという。
誰もその目を直接見た者はいないが、時折、無音の中で、空気が微かに揺れるような感覚が人々を襲う。




