5話 いざ、掃除開始!
4月。―寒さが消え、暖かさを身にまとい始める時期、そう言われる月。
結局は社会人や学生の始まりの時期だと私は思うが。人々が目まぐるしく動く、そんな月。
宿屋的には宿泊客が少なく、忙しない夏とはかけ離れたものだ。
そこに待つのは、GW。他の連休より遥かに客が多く、春を彩る行事の一つ。忙しくもなるが、金はたくさん入る。
街全体の活気も上がり、観光都市である傘見に最大の果実をもたらす。街が潤い、店が潤う。京都もそんな感じではないのだろうか。
GWになると毎年、多くの客足が見込め、主に国内からの観光客によって部屋が埋まる。人員を割かなければ対処できないため、私や、バイトのゆめさんもいつもより多く働いている。ゆめさんは去年から入ってもらったバイトさんで、若くてかわいい。仕事もそつなくこなせ、私の上位互換のような人だ。
今年はゆめさんに加え、宿暮らしの3人もいるからよほどのことがない限り、いつもよりは楽だろう。そう思っている矢先…。
「今年は、別館も使いたいと思います!」
と、母が。
私はあまり乗り気ではないぞ。
別館とは、私たちが暮らしている本館の中庭を介した隣りにある、廃れた建物のこと。昔は使っていたそうだが、父がいなくなってからは使わなくなっていた。
まぁ、経営してるのは母なので、異論はないのだが…。
「掃除とか大変じゃんね」
「みんなにも手伝ってもらうのよ」
なるほどね。だから今なのか。確かに、例年、部屋は満室なので別館の部屋も活用することで、以前よりも多くの宿泊客数を獲得することができるだろう。
私は、母にGWの詳細や、掃除の内容についてのプリントをもらった。
ーーーーーー
「ということで、別館を掃除したいと思います!」
「別館って?」
りんが問う。
「隣にあるじゃん。廃墟。」
「あれ別館だったんですか?」
「まぁ、あの見た目だとね…。」
無理はない。本館と別館では建物の構造や、壁の塗装が異なるので、統一感のない感じになっている。また、本館と別館を直接行き来するには、大浴場の通路を使う他にないので、つながりもあまり感じられない。大浴場の通路も、『従業員通路』と書かれた扉があるだけなので、わかりにくい部分もあるだろう。
「別館にも部屋があるっちゅうわけやな」
「そう。トイレ付き和室が6部屋ある。今年のGWはそこも使ってたくさん集客したいみたい」
「でも、そんなに時間がないんじゃ…」
りんの言う通り、今日は4月17日でGWまでは2週間もない。
「そうだね。だから急ぎ目で準備を進めなきゃ」
「具体的にはどんなことをするんですか?」
「えっと…」
私は、母からもらったプリントを見ながら説明する。
「まず、各部屋の掃除、トイレ、廊下の掃除。ティッシュとかトイペとか、備品の補充。照明の交換。本館と別館の連絡通路の掃除。大まかなところはこのくらいかな」
「することが多くて大変そうです…。 ところで、連絡通路って?」
「大浴場の近くに『従業員通路』って扉あったでしょ。あの先だよ」
「あれ、連絡通路やったんか」
「この前説明しようと思ってたけど忘れてたんだよね」
「早速今からするの?」
「午後からでもいいとは伝えられてるけど、紹介したい人がいるから今からやろっか。仙台は今度だね」
紹介したい人とはもちろん、ゆめさんのことだ。
「仕方ないです。仕事を終えたら楽しみましょう」
私達は、母に渡してもらったジャージに着替え、別館に移動する。
ーーーーーー
本館の前に立つ。時刻は10時過ぎ。
「こちらが別館です」
「やっぱり本館との調和性のなさが気になるねー」
「そういうのは思っても言わないものですよ」
愛ちゃんも思ってるよね。それ。
「まぁずって使ってなかったからね。仕方ない」
「今からうちらがきれいにするねん」
「そうだね。大変かもだけど、みんな頑張ろ」
「頑張りましょう」
「頑張ろー」(りん)
「おー」(るる)
やる気があるのはいいことです。嫌とか言われたらどうしようとか思ってたけど…。みんな優秀だからそれはないか。
「ゆめさーん。こっち来てもらってもいいー?」
「はーい。今行くー」
可愛らしい声だ。今も掃除をしていたのだろう。奥から足音が近づいてくる。
別館の扉から、ロングの髪を後ろでまとめて、エプロンを付けた女性—ゆめさん—が出てくる。
いつもは下ろしてるけど、掃除中だから結んでたのかな?
「こちら、去年からアルバイトで仕事をしてもらってるゆめさん!」
「笹川ゆめです。よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします!!」」
3人は礼をする。礼儀正しい子っていいよね。
「ゆめさんは主に土日とかの忙しい日に来てもらってて、主に部屋の掃除とか、夕食を部屋に届けたりしてる」
「あとは、お風呂の掃除とか、備品補充とか、買い出しとかもしてるよ。まぁ要するに雑用係だね。皆さんよろしくお願いします」
「そんなことないよー。ゆめさんのおかげで去年はなんとかなったし」
「去年の夏は大変だったね…」
そうそう。大変だった。お母さんが熱中症で倒れたりー…。って本題本題。
「昔の話はいいから役割分担決めようか」
「私は引き続き部屋の掃除をするから、誰か一人サポートして欲しいな」
「じゃあ、あたし部屋の掃除します。ゆめさん、よろしくお願いします」
「りんとるるは、廊下の掃除を頼むね。きれいになったらゆめさんに見てもらってね」
「わかったー」
「承知や」
「わたしは備品補充するから、なんかわかんないことあったら私でも、ゆめさんでも気軽に聞いてね。まぁ別館のことは二人ともよく知らないけどね」
問題が発生したら、逐次母に相談しよう。部屋の構造とかはあんまり変わらないから、大丈夫だとは思うけど。
「じゃあ、各自、掃除開始!」
ーーーーーー
「この部屋から順に掃除してくよ」
「はい!」
部屋を掃除するのはゆめと愛だ。
「掃き、押入れと机拭き、トイレと、扉付近の掃除かな」
「わかりました」
素直に応じるのは愛だ。早速箒を持って畳の上を掃き始めている。
「愛ちゃんは、どうしてここに?」
ゆめが問う。彼女は押入れを拭いている。
「私は愛知県から来たんですけど、あまり遠い場所に行った経験がなくて、他の地域の生活を見てみたいなって思ったからです。もちろん、興味も強かったです」
「真面目だねー、愛知かー、行ったこと無いな」
「ゆめさんは、どうしてここで働いていらっしゃるんですか?」
「私?もともとこの辺に住んでたんだけど、東京とか大阪とか、北海道とか、色んなところで仕事してたんだよね。でも結局傘見が一番いいなって思って戻ってきたの。それで、子供の頃にもあったこの宿で働きたいなって」
ゆめは振り返って答えた。
「そうなんですか。転々としていたんですね」
「そうそう」
ゴンッ 鈍い音が響く。
「あっ、いたー」
頭を抑えるゆめ。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄る愛。
「だいじょぶだいじょぶ、あ、掃き掃除終わった?」
「はい。塵取りってありますか?」
「あぁ、ちょっと取ってくるね。押入れのから拭きしてくれると助かる」
「わかりました」
愛は布巾を手に取り、窓の外を見つめた。
ーーーーーー
えっと、備品って倉庫にあったよね?
うーん覚えてない。最近倉庫入ってないからなー。
「結衣、これ持ってって」
母は廊下に置いてあるかごを指す。
「わかったー。ってこれ備品じゃん」
「探すの大変だろうと思って準備しといたわー。不足あったら教えてー」
「ありがとー」
すごく助かる。あっちに持ってかなきゃ。
六部屋分の備品だから結構重いな。運動してないのもありそう。
ガラガラガラ (別館の扉を開ける音)
古い扉だから、音も違うね。風情ある感じ。
2人もちゃんと掃除してくれてるみたいだ。なんか話してるけど、後で聞いてみようかな。
1号室の方から備品を入れていこう。因みに、6部屋ある別館は、本館の方の手前側から1号室で、逆側の一番奥の部屋が6号室になっている。
ティッシュ、トイレットペーパー、電球、ゴミ箱、ゴミ袋、これだけかな?
なんだ、すぐ終わりそうじゃん。
1~3号室は楽しいね。大きな窓から中庭を覗ける。中庭とは言うが、実際は池とツツジの低木のある、小さな庭園だ。構造上中庭になってるだけ。道路に面してはいるが、垣根で覆われているので歩道からはめないようになっている。
4~6号室は窓がない。実際にはあるのだが、天井に小さな窓が一つ。別館を建てる際に隣の家から、窓をつけないでほしいと要望があり、天井の窓だけになってしまったそうだ。夏の直射日光ヤバそうだね。
2号室を終えて通路に出ると、ゆめさんが塵取りを持ってこっちに来ていた。
「あれ?塵取りって掃除用具入れになかったの?」
廊下の奥のロッカーを見る。所々錆びていて、開けにくそうだ。
「うん、入ってると思ったんだけど…。これってここにしまってもいい?」
「あー…。一応あっちから新しいやつもってくるね」
とりあえず新品を入れておけば大丈夫だろう。持ってきたやつをここにおいてしまうとややこしくなってしまう。
「わかった。あっ、ここは私しておくから、反対側、進めてって」
「ありがと、これが一式ね」
感謝。私はゆめさんに、備品の一式を渡した。
「じゃあ、後でね」
「うん!」
ゆめさんは3号室に戻っていった。塵取り入れておくの忘れそー。
ーーーーーー
「ゆめさん、箒ってロッカーにあるやつでええの?」
「うん、掃き掃除終わったら、モップ掛けしてね。よろしく」
ゆめと愛が3号室に入っていく。
るるとりんは箒を持ち、掃除を始める。木の廊下だ。
「ゆめさん、優しそうな人やったなぁ」
「そうだね、仲良くできそう」
サッサッ、と箒の掃く音。
「なぁ、りんはなんでここにこようと思ったん?」
「聞きたい?私ね、小学生の頃に神奈川に住んでたんだけど、その後、母の職の都合で静岡に引っ越すことになったの。でも、そこではあんまり馴染めなくて、母とも険悪になっちゃって」
滑らかな木の床には、りんの顔が映る。
「だから、小学校を卒業したら別の場所で一人で暮らしたいなって思ってて、そのときに結衣ちゃんの投稿を見つけたの。これは行くしか無いなって」
りんは顔を見上げる。
「なんか、聞いてごめん」
もの悲しそうな表情を浮かべるるる。
「いいの。私自身の気持ちの整理はちゃんと出来てるから。」
首を横に振る。
「るるちゃんはなんでこようと思ったの?」
「うちは好奇心や。大層な理由は持ってへん」
「いいじゃん、好奇心も大きな理由の一つだよ」
親指を立てるりん。
「ありがと。あっ、話してたら終わってたやん」
箒の音が止む。
「ちりとりなかったんだっけ」
りんがロッカーを覗き、確認する。
「やっぱりないね、結衣ちゃんに聞こうか」
その時、4号室の扉が開く。
「ちょうどよかった、結衣、塵取りってあらへん?」
「塵取り?ゆめさんが持ってるはずだよ」
「わかったー」
「じゃあ、後でね。終わったらお昼にしよう」
「うん!頑張って!」
結衣は5号室に入っていった。
コンコンコン、と扉をノックする。
「どうしたの?」
「塵取り貸してくれませんか?」
「わかった、ちょっとまっててね」
扉が閉まる。と思ったら、すぐにまた開く。
「はいこれ、終わったら結衣に渡しておいてほしい」
「わかりました」
再び扉は閉まる。
「じゃあ、るるちゃんゴミ集めてー」
るるは、塵取りにゴミを集める。
「これで終わりやな。自分、ゴミ捨ててきてくれへん? 先にモップ掛けやっとくわ」
「わかった」
りんは本館へと向かい、るるはモップを手に取った。
ーーーーーー
「愛ちゃん、この部屋はもうトイレ掃除だけだから、先に4号室の掃き掃除しといてくれない?私、トイレ掃除しとくから」
「あっ、わかりました」
愛は、箒を持って、部屋を出る。
「愛、終わったん?」
モップを持ったるるが尋ねた。
「はい、只今。りんさんはどちらに?」
「本館にゴミ捨てに行ったで」
「残念…、ゴミ袋、ゆめさんが持ってました」
「そうなん!? 聞いてから行ったら良かったやん」
驚いた表情を浮かべるるる。
「まぁ、しゃーないわ」
「私はこれで」
2号室に愛が入っていく。
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よしっ、次で最後だ!
終わったら休憩にしよう、1時間ちょっとくらい経ってるし。
2人の進行具合はどうだろう?
「モップは終わりかけ?」
「せやな、もうちょっとで終わるところや」
「じゃあモップ終わったら、本館戻っといてね」
「終わり?」
「お昼までまだ時間あるけど、早めに終わっとこうと思って、午後は1時くらいからしようと思ってる」
「わかった」
「愛にも伝えといて欲しい、じゃあね」
「頑張って!」
これでよし。最後の部屋はすぐ終わらせよう。
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「終わったー」
「愛が一番大変だったんじゃない?」
「そんなことないです、ゆめさんに頼り切りでしたし…」
少女たちは掃除を終え、部屋に戻ってきていた。
「午後も頑張ろっか」
お久しぶりです。
人物紹介
佐藤優花
結衣の母親。
夫は行方不明。
料理が得意。




