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第4話 呼ばれたから返事をする

 <氷ヶ峰(ひょうがみね)こおり>



 事務所をあとにした私は、歩きながら竜太郎にLINEを入れる。


 【今日はレッスンもキャンセルするからあなたは休んでいいわ】と。

 【分かりました。】と一言だけすぐ返ってきた。

 ……なによ。数か月ぶりの一日オフを与えたというのに。

 他人行儀な文面をつつつと指でなぞる。

 続く返信は、ない。


 さて、暇になった。


 フン。


 自慢じゃないけど私は友達がいない。

 知り合いは結構いる。芸能界に入ってから爆発的に増えた自称を含むと中々の数になると思う。


 でも、こういうぽっかり空いた時間に相手をしてくれて、かつ私が不快にならない都合の良い相手はいない。

 私は気が短い。と思う。竜太郎によく言われる。

 そして基本的に無表情で怒るから友達にカテゴライズされにきた人間も、自然と離れて行った。

 だからいつも一人だった。


 以前は竜太郎を呼びつけてそばに置いたら、それで良かった。


 いつからだろうか。

 プライベートでも「犬飼くん」「氷ヶ峰さん」と呼び合うようになってしまったのは。


 そんなことを考えながら、行く当てもないので、いつしか家に帰ってきていた。


「こおり様、徒歩でお帰りですか」

「ええ」


 巨大な鋼鉄の門の前に家令の爺がいた。

 祖父と違って同じ老人でも彼は優しく、威圧感がない。心が落ち着く気がした。


「顔色が優れないようですが」

「大丈夫よ」

「部屋までお送りしましょうか」

「大丈夫。ありがとう」


 門を通り抜けても、住処である建物まではしばらく距離がある。


 ふと初めて竜太郎を家に招待したときのことを思い出す。


 竜太郎は私の隣で。


「どういうことなんだ?」「おい説明しろ」「聞いてないぞ」「許してくれ」「庭って言うか家の中に公園があるんだが」「帰っていいか?」「どういうことこれ?」「何ニヤニヤしてんだよ」「お前が笑うとこえーよ」「いでっ 殴るなよ!」


 とかずっと騒いでた。

 馬鹿なやつ。


 そう心の中であいつをけなしながら自分の部屋に入ろうとしたところで、声をかけられた。


「こおり、何よその腑抜けた顔」

「……姉さん」


 氷ヶ峰(ひょうがみね)雪子(ゆきこ)、四歳上の長女だ。

 私たちは三人姉弟で、あと一人弟がいる。

 男尊女卑がいまだ根付く、この旧い体制の氷ヶ峰家であるが、弟はまだ若く、実質的に一番上の雪子(ゆきこ)が強い立場を持っていた。

 あくまで姉弟の中では、だが。


「こおり、最近どうなの。なんですっけ。ああ、アイドル……とかいうのはまだやってるのかしら」

「……うん」


 腹立つ。昨日の今日でこれだ。

 どうせ私が祖父から最後通告されたことを聞きつけて嫌味でも言いに来たのだろう。

 扉をさりげなく開けようとするが、足で止められる。


「楽しそうでいいわねぇ。でもこおり、女の時間は有限なのよ。早く結婚しなさい」

「……」

「な、何よその反抗的な目は」

「姉さんは今、幸せなの」


 思わず聞いてしまった。

 雪子(ゆきこ)は組んでいた腕を放し、私の顔に指を突きつける。

 近い。折ってやろうか。


「し、幸せに決まってるでしょ。旦那はエリートで家柄も良くて氷ヶ峰家の未来を背負う人だわ。そんな人と私は子を成した。幸せに決まってる」

「……」


 じゃあ何でそんなに顔が歪んでるのと言いたかった。

 昔は可愛らしかったのに、雪子姉さんは結婚してから明らかにおかしくなった。

 理由は分かり切ってる。そりゃそうだと思う。

 旦那は相手方の長の傀儡と言っていいほど自分の意志を持たず、子どももほとんど家庭教師に時間を奪われている。

 姉さんは自分の腹を痛めて産んだわが子に満足に会えてないはずだ。


 言ってやりたかった。

 それのどこが幸せなの、と。

 でも私はもう力が入らなかった。


 姉さんは、未来の私だ。

 これから私も姉さんと同じ道を辿る。


 望まぬ人と無理やりつがいにされて、子どもも奪われる。


「ちょっと、どこ行くのよ! 話はまだ終わってないわ!」


 気分が悪かった。

 一刻も早く離れたかった。

 部屋に入れないなら、出て行くしかない。


 無言で逃げるように家を飛び出し、爺に車を出してもらい飛び乗った。



 ────────────────────



 氷ヶ峰邸を離れていくにつれ、心が落ち着いてきた。


 車内後部座席で、深く息を吸う。

 爺と二人の車内は、穏やかだった。

 さっきまでの感情が嘘のように静まっている。


 膝に置いたスマホの待ち受け画面を見る。


 画面に映るのは高校の制服を身に纏った私と、どこか居心地悪そうな学ランの竜太郎。

 写真は確か竜太郎の前の席のよく喋る人に撮ってもらった。


 あの日、私は蒼樹坂のオーディションに合格した。

 業界ナンバーワンの恋々坂の方は祖父の妨害のせいで受けることができなかったが、それでも諦めず蒼樹坂に受かった。


 未来が拓けた気がして、嬉しくて、竜太郎に会いに行った。


『竜太郎。私、ついにアイドルになったわ』


 記念に写真まで撮って。


 ……これも、もう二年以上前か。

 遠い昔のことのように思える。


 あの時は希望に満ちていた。

 でももう、夢の終わり。

 最初の目標も達成することは叶わなかった。


 爺がそっとハンカチを私に渡してくれる。

 何も言わず私はそっと頬をぬぐった。



 ────────────────────



「爺、ここはどこ?」


 しばらくは夕焼けが見える開けた道を流していたが、最終的にあるビルの前に止まった。既視感があるような無いような感じ。


「かつて、こおり様をお送りしたことがあります。屋上にカフェがあるとか何とか」

「ああ、ここね」

「コーヒーでも一杯飲んできてはどうかと思いまして」

「そうね。ありがとう」


 何度か彼と来たことがある。

 懐かしい。無性にあのコーヒーが飲みたくなってきた。


 車を出て、エレベーターに乗る。

 この狭い空間に、かつて私は竜太郎と肩を並べた。


 十、十一、十二、屋上。


 エレベーターが開く瞬間、騒がしい音が耳に飛び込んできた。

 宴会? 私のイメージでは、静かな店だった気がしたんだけど。

 屋上一帯のオープンテラスなので、すぐ人が何人もいるのが見えた。


 近づくと、スーツの男女が十人近くいて盛り上がっている。


「うおー! 言ってやれ! 次はどいつだ!」

 その中の一人の大声が聞こえる。

「そろそろ今日の主役が行くべきなんじゃないかぁ!?」

 また別の人の声。


「へえ? 俺ぇ? いいでそう。いきますよ。いくますよ~」


 それに応えた声は、知っていた。

 こんな呂律の回らない声を普段聞くことはないが、すぐ分かった。


「じゃあ、おれが言いたいころがあるのは!!!!!!


 もちろ、もちろん。あいつだ!!!!!」


 へろへろになりながら立ち上がった彼を見る。

 言いたいこと? あいつって誰なんだろう。


「一体誰なんだー!」とか野次が飛んでいる。


 そして十分溜めたあと、叫んだ。



「…………氷ヶ峰こーり、お前だああああああ!!」



 え、私?


 なんか呼ばれたので、屋上から夕陽に向かって叫んでる()()()()()に向かって応えた。



「なに?」



 私の声はそれほど大きくなかったけど、全員がこっちに振り向いたことで、ちゃんと聞こえたんだと分かった。

















読んでくれたすべての方にLOVE!!!

カクヨムに先行投稿しています。

Twitter(X)から飛べます。


やる鹿

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