第30話 第四のアイドル vs 病んでるアイドル
<猫屋敷くるみ>
私は今、竜太郎くんと、もう一人余計な女と、三人で焼き肉にきていた。
ちょっと高級っぽい店で、個室だ。個室だ……!!
私の向かいには竜太郎くんと、余計な女……百鬼灯花が隣同士で座っている。
それにしても、本当にアイドルなのか疑わしいほどのギャル味が強い。
オフホワイトの肩だしニットも、私ほどじゃない(たぶん!)巨乳も、気に食わなかった。
この、鉄板の乗ったテーブルを隔てた距離が、実際より遠く感じる……。
「────ってどういう状況!?」
私は、自分の瞼の上の方がピクピクと震えてるのが分かった。
不満を声に出してから、せっせと肉を焼いてる犬飼竜太郎を睨みつける。
……けど、哀しいかな、私は他人がいるとゆるふわモードの仮面人間になってしまう。
ひとつ深呼吸して、努めて優しい声を出す。
「き、聞いてる~? 竜太郎くんっ」
「あ、はい。それにしても猫……くるみさんは予定とか無かったんですか?」
……ギリギリくるみ呼びしてくれたので、少し心が和らぐ。
さっきはしたなく怒った甲斐があった。
「だって……私がいなかったらそこの、その子と二人きり……二人で行くつもりだったんでしょ?」
「はい、まぁ。約束してたので。ほら、これ食べていいぞ」
竜太郎くんが焼けた肉を皿に入れる。
すると、ここまで私の方を一切見ずに黙ってニコニコしていた女が動き出した。
「やったー! いただきます……んーっ! うま! 犬飼くんの焼いてくれたお肉……いっちゃん、おいしい〜♡」
さりげなく竜太郎くんの肩に手を添えて言う。
……は? こいつ、やってんな。♡が見えてるんだけど。きも。
いっちゃんって? ……一番ってこと?
「君って……あ、あざといキャラなのかな~?」
私は痙攣の止まらないこめかみを手のひらで隠しながら問いかける。
「えー? キャラとかちゃうよ。うちこれが普通やもん」
「ていうかさ、まだ私、挨拶とかされてないかな〜って……一応、私、蒼樹坂でトップなんだけどな〜」
私は、なるべく優しい先輩に見えるように心がけて、そう言った。
「……たしかに先輩かぁ。えーと、うちは百鬼灯花、です。まだ蒼樹坂に所属して二カ月の新人です」
渋々といった感じだが、頭を下げてきた。
「そかそかっ。私はね〜っ。さっきも言ったけど蒼樹坂で人気トッ」
そこまで言って、途中で百鬼灯花に手のひらを突きつけられた。
待て、と……? この私に……?
何様ッ!?
私は、デビューしたての頃はともかく、人気メンバーの威光を得てからは、ここまで蒼樹坂のアイドルにこけにされたことは無かった。
しかし私の驚きをよそに、目の前の失礼な女は喋り始める。
「いやあの、くるみさん。さっきうちと犬飼くんがいちゃいちゃしてたら机ドカーーンッ!! って殴ってたやん……今更そのゆるふわアイドルキャラは無理やと思いますけど……」
こ、こいつ……。
「…………殴ってません~。蚊をあの世に送っただけでーすっ」
「いやいや……。それに、机ドーンだけじゃなくて、うちと犬飼くんがくっついてるのを見る目、ヤバかったですよ」
は?
「いや、アイドルとマネージャーがね、あんまり距離近いんじゃないかなぁ~ってね……」
「はぁ……。じゃあ見ててください」
そう言った関西弁女は、黙って肉を焼き続ける犬飼くん(何でこの状況で黙ってられるの?)に身体を近づけた。
「ん? どうした灯花」
え? ちょっと待って。呼び捨て?
「んーちょっと実験しよかな思て」
そう言って百鬼灯花は、竜太郎くんの肩に、こてんと頭を乗せた。
そして竜太郎くんの左腕を自分の胸元に巻き付けるように抱いた。
……百鬼灯花のニットで強調された胸がむにゅって潰れてる。
……あ?
竜太郎くん、私の。好き……大好きな竜太郎くん。私の。
急に現れた、女。呼び捨てされてる。小娘。
隣にいる。どうして? 担当だから……竜太郎くんがこれの担当?
これから一緒? この近さで?
「おい、灯花やめろ。……胸、当たってる」
「当ててるんやん……ってね。ほら、ヤバくない? あの目」
「ん? おわ、く、くるみさん……?」
「何がアイドルとマネージャーが~なん。自分が一番その距離感間違ってるんちゃうん。それ……その目、どう見ても嫉妬の炎でメラメラやん」
私は……。
「…………」
何も言い返せず、今、心に浮かぶ文字を消そうと、目を閉じた。
しかし、それでも消えずに浮かんでくる。
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺す…………
「……ろす………」
「ちょ、犬飼くん、くるみさんがヤバいっす。何とかしてください」
「……あ、ちょっと待って。氷ヶ峰から電話だ。好きに食べといてくれ。おい、そこの肉焦げるぞ」
「ぎゃー! 嘘やー! 逃げんといてー!」
ふぅ。だめだめ。こんなことじゃ竜太郎くんに嫌われてしまう。
落ち着け。大丈夫。
いつも通りの私に戻れ。
ゆっくり、落ち着いて、「離れないと殺すよ」って言おう。
冷静にね。
気づいたら逆手に握っていたナイフを一旦テーブルに置く。
「離れないと……ってあれ? 竜太郎くんは?」
目を開けると、そこには百鬼灯花しかいなかった。
「ひょ……じゃなくて仕事の電話だって出ていきました」
「そっかーっ。……ま、お肉食べよっか。もったいないし」
「……は、はい。くるみ姉さん」
……くるみ姉さん?
最初の威勢はどこへいったのか、なぜか百鬼灯花は委縮している。
心なしか、艶のある黒髪のウルフカットも萎んでいるように見える。
都合がいいし、竜太郎くんがいないなら、今のうちに色々聞いておこう。
「ところで、百鬼さんって何で竜太郎くんに担当してもらえるようになったの?」
「してもらえるって……」
「あ、いや。一応彼、氷ヶ峰さんの専属だったからね~」
危ない危ない。
担当についてもらって羨ましいって気持ちがバレてしまう。
「本当にたまたまです。オーディションの映像を犬飼くんが見たみたいで。うち、素行があんま良くないから入ってすぐ事務所に嫌われて、もう後ないよって言われてたんですけど、急に犬飼くんが面倒みてくれるようになってん……です。」
丁寧語と関西弁が混じって変になってる。
「ふーん」
「で、でも本当にうちは犬飼くんが好きとかいうわけじゃなくて、からかってごめんなさい。だからもうナイフは握らんといて……」
最後何て言ったかよく聞こえなかったけど、謝られたのは分かった。
「あ、そうなの? 別に気にしてないけど」
それに、こいつ竜太郎くんのこと好きじゃないのか。なーんだ。
なんか、途端にさっきまでの怒りエネルギーがすーっと引いてしまった。
「……う、うん。全然好きじゃない。でも勝手に世話してくれるからそれに甘えてるだけで、ほんと、犬飼くんが勝手にしてることで……」
は?
「勝手にしてくれてる?」
「い、いや。すごくありがたいことなんですけど。姉さんムズイな(小声)。独自の練習プログラム組まれたりしてるんです。それがけっこう厳しくて……。今日もそれの一環で番組オーディション受けにいってて。まぁ、達成したらこうやって焼き肉とか連れて行ってくれるんですけど」
「ふーーーん」
「正直、めっちゃ厳しいっす。スケジュール管理えぐいっす」
普通に羨ましすぎて爆発しそうだったけど、落ち着いてきた。
だってこの子はまだ……。
竜太郎くんの凄さが。
「分かってないんだ……」
「へ?」
「ううん、何でもない。竜太郎くん遅いね。高そうなやつ全部食べちゃおっ」
「? は、はい」
さっきまで怒りで頭がおかしくなりそうだったけど、普通に笑えた。
好きな人の凄さが他人に気づかれてないのって優越感凄いな。
「灯花ちゃん、これからよろしくね」
とりあえず優しくしておこう。
情報収集とかに使えるかもだし。
でも、竜太郎くんのこと好きになったら、いけないからね。




