第28話 病んでるアイドルpart2
<猫屋敷くるみ>
────ここは蒼樹坂の劇場。
メイン公演はクライマックスを迎えていた。
私、猫屋敷くるみは自慢の金髪ロングストレートを揺らして叫ぶ。
「みんなありがとー!」
そして私は、手を振りながら、いつもの完璧なスマイルを披露する。
俯瞰でこの蒼樹坂メイン劇場の客席を眺め、ファンの姿をさりげなく、しかしはっきりと確認する。
そして、その熱量に見合ったファンサービスを的確に返していく。
私のファンは、信者と言ってもいい。
それくらい統率されていて、私の行動を理解している。
“猫屋敷くるみは応援すればするだけ返してくれる”
それは私のファンの共通認識だった。
私たちアイドルって、SNSではこういったコメントをよく貰う。
『くるみちゃんが生きてるだけで幸せ』
『くるみたん一生推します!』
『アイドルで一番好き!』
ただ、そんな言葉を真に受けてるアイドルは三流だ。
そんなこと、口だけではいくらでも言える。
たまにインスタで見たり、たまにYouTubeで曲を聴いたりするファンだ。
一週間後には私の存在を忘れてしまってもおかしくない。
でも、劇場やツアーに足を運んで、CDを特典のために何枚も買って、長く応援してくれるファンを育てるためには、認識を変えなければならない。
いくらギバーの精神を持っている人間でも、やはり見返りがないと情熱を持ち続けることはできないと、私は知っている。
だから、私はちゃんとかけてくれた時間、金額に見合ったパフォーマンス、サービスを徹底している。
そんなの当たり前だと思う同業者もいるだろう。
でも、私ほど徹底していて、尚且つ上手くそれをやってる人はいない。
何で言い切れるのかって?
……言い切れるよ。
だって私は、蒼樹坂で人気No.1の座をずっと守り続けている。
それ以上の証明は無いでしょ。
そんな私には、自然と、いわゆる太いファンが増えていく。
今日も……いた。
いま左最前列でオタ芸打ってる彼。
恋々坂というライバルグループの有名オタクだったけど、最近こっちに移ってきた男。
毎月数十万単位で金を落とすホンモノだ。
「好きです♡ 君のことずっと~!」
その未来の太客に向けて今歌ってる曲の美味しいところをサービスする。
私のウインクを食らって、うおおおお!と叫んでる。良いね、その反応。
この後のオチサビ、これも、もうこの男にぶつけよう。
それで一気に掴んでやる、ハートを。
今はゆるく蒼樹坂を箱推ししてるみたいだけど、私の信者にしてあげる。
間奏中、一応、他に目ぼしいファンがいないか最終確認をする。
……すると、私は気づいてしまった。
左の奥の方に……犬飼竜太郎に、似てる人がいることに。
(びっくりした……竜太郎くん……ではないか)
似てるけど、確かに別人だった。
雰囲気が似てるけど、それだけだ。
ファンのグッズも身に着けてないし、曲のフリも乗れてない。
どこか心あらずといった感じ。新規ファンだろう。
二度と来るか分からない細客も細客だ。
けれど私は、なぜかその彼から目を離せなかった。
距離があるからか、少しボヤけて、だんだん竜太郎くんに見えてきた。
ここ数日顔も見れてないからかな。
オチサビが始まる。
歌わないと。
ここが力の入れどころ。
「私っ……君のこと……ずっと」
(私、竜太郎くんのこと……)
なにしてる私。
早く、最前列の太客にターゲットを戻さないと。
「ずっと私………だいすき」
(あの人は竜太郎くんじゃない……分かってる)
手でハートを作って、歌う。
(でも、聞いて)
全力で、歌う。
「大好きっ♡ 大好き♡ 大好き♡ 大好き♡ 大好き~♡」
やめて、私。
何で奥の方に向けてやってる。
あれは、犬飼竜太郎じゃない。
今すぐ修正して、最後は前列の太客に向けて、言わないと。
(分かってる……分かってるよ……!)
「大好き……あなたをっ……愛してます!!」
結局私は、最後まで、ただ竜太郎くんに似てるだけの人に向けて歌い続けてしまった。
────────────────────
「…………やってしまった」
私は、控室でソファに倒れこんでいた。
広がるサラサラの金髪が、ぐしゃぐしゃに顔にかかっている。
払う気力もない。
私、マジで病んでるかも。
似てるからって……他人に竜太郎くんを投影して……。
恥ずかしくて、顔から火が出そうになる。
プロ失格だ。三流アイドル以下だ。
衣装を着替える元気もない。
「どうした珍しい。パフォーマンスは完璧に見えたぞ」
「高橋……アンタほんと分かってないわね」
少し離れた机でパソコンを開いて仕事をしているのは、マネージャーである高橋。
筋肉だけが取り柄の脳筋男に見えるけど、仕事はできる……と思う。
私についたマネージャーは、私に嫌われてすぐ飛ばされることで有名だけど、この高橋はしばらく続いてる。
つまり私に嫌われてないということ。
「Xの方でも反応レポは上々なんだが。他に何かあるのか?」
「はぁ……それは表でしょ」
私は横になりながらスマホを見る。
思ってた通り、私が観測してるSNSの太客たちが使ってる非公開アカウント……いわゆる鍵アカウントの面々は非難轟々だった。
『ラスサビ様子おかしくなかったか?』
『最後ファンサ貰ってたあの冴えない後ろの奴だれだよ』
『あの時間を一人だけってのがそもそもおかしい、許せない』
『前列取る意味ねーじゃん。マジでないわ~推し変えるか~?』
『でもめちゃくちゃ可愛かったよね』
『珍しく表情溶けてたよな』
溶けてないし! 失礼ね。
はぁ……どこかで挽回しないと……。
「ほう。裏があるのか」
呑気に聞いてくる高橋。
「うん。私、最後のファンサ送る相手を間違ったの。私のファンはそういうの敏感だからね。裏でめちゃくちゃ言われてる」
「そうか」
……。それっきり高橋は黙った。
私はこの、高橋の踏み込んでこないドライさを気に入ってる。
だからマネージャーとして長く続いてると思ってる。
だけど、今は聞いてほしい気分だった。
「理由を聞きなさいよ。いつもあざとくてゆるふわに見えて冷静で完璧な私が、なぜ間違ったのかを」
「どうして間違ったんだ?」
冷めた温度で聞いてくる高橋に、何でもないように言う。
少しは驚くかな。
「後ろにいた人がね、好きな人に見えたんだー」
「そうか」
……。
それだけ。
さすが高橋。それでこそね。
あ、パソコン畳んだ。逃げるつもりだ。
あまりにもらしくて笑いそうになる。
逃がさないよー。私ももう一人じゃ抱えきれないんだ。
私はソファにちゃんと座りなおして、言う。
「好きな人はね、犬飼竜太郎」
「……今日はこれで終わりだ。しっかり休んでくれ」
聞こえないふりをする高橋。
ばーか。
「好きなの。竜太郎くんのことが」
口に出すと、自然と熱がこもってしまった。
もっとおどけた調子で言うつもりだったんだけど。
「聞かなかったことにしたいんだが……」
観念した高橋が頭を抱えている。
「だーめ。協力して。高橋、竜太郎くんと仲良いんでしょ」
「先輩なだけだ」
顔をしかめてコーヒーに口をつける高橋。
「ううん、竜太郎くん言ってたよ。『高橋さんの分厚い胸板で寝たい』って」
「ぶふぉッ……。あいつは確かに可愛い後輩だが、協力って言っても何もできないぞ。それにマネージャーとアイドルなんて……」
いつも冷静な高橋がコーヒーを噴き出すなんて。
私は愉快な気持ちになってきた。
さらに追撃する。
「こないださ、竜太郎くんと桜子が、二人でホテルにいたんだよね」
「……なッ!?」
高橋は、掛け持ちで桜子の担当も入っている。
まぁ桜子は売れっ子なので何人もついてるうちの一人だけど。
ちなみに私も氷ヶ峰さんも売れてるのにマネージャーを頑なに一人しかつけないことを会社はよく思っていない。
負担がでかく、就業規則スレスレだからだ。
高橋も竜太郎くんもよくやってると思う。
でも悪いけど今は関係ない。さらに追い詰める。
「知らなかったでしょ~。詳しい話、聞きたい?」
「……聞きたくない。頼むからこれ以上何も言わないでくれ」
事なかれ主義の高橋はもういっぱいいっぱいって感じだ。
詳しい話といっても、あの二人がやましい関係ではないんだけどね。
あえて言わないことで、高橋を騙す。
でも悪いのは……竜太郎くんだから。
私を、ライブ失敗するくらいこんな状態にしておいて。
あの日、桜子とホテルにいた竜太郎くんは、私との時間つくってくれるって言ったのに。
あれから一度も連絡がない。
LINEに既読もつかない。
私、怒ってるんだと、今気づいた。
「じゃあ私と竜太郎くんを二人にして。どんな方法でもいいから」
渋々うなずく高橋を見て、私は口がにやけるのを止められなかった。




