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第24話 ウワサの真相part2

 <春出水はるでみず桜子さくらこ



 私が犬飼(いぬかい)さんを問い詰める少し前────。



 私は朝からラジオの打ち合わせがあったので、蒼樹坂(あおきざか)のビルに来ていた。

 そこでレッスンルームに入っていく氷ヶ峰(ひょうがみね)こおりさんを見かけた。


 私はここしばらく仕事が立て込んでいて、あまり眠れてなかったのでフラフラしていたが、たしかにこおりさんだった。


 彼女を眺めながら、ちょっと微熱はありそうだな、と思いながらおでこを触る。


(それにしても、こおりさん、朝からえらいです……)


 蒼樹坂(あおきざか)はある程度アイドルに自主性をもたせていて、最低限のレッスン、全体練習を除けば、自由にレッスンを申請、実行できるようになっている。

 うちにはそれに対応するトレーナー、場所が準備されている。


 以前、事務所の偉い人に個人レッスンの回数を少しだけ教えてもらったことがある。

 こおりさんは、ダントツ一位だった。

 スタッフに対する愛想が良いとは言えず、仲間もあまりいない彼女だが、仕事が回ってくるのはこういう努力を知っている人が少なからずいるからだろうと思う。


 それともちろん────犬飼(いぬかい)竜太郎(りゅうたろう)さんのおかげだ。


 入社当初は散々各所で虐められたらしい────私も一部見たことがある────が、今では蒼樹坂(あおきざか)で彼を知らない人はいない。彼に対して好意的な人がほとんどだとも思う。


 スタッフはもちろん、アイドルの中でも「私も犬飼さんに担当ついてほしい」とか言い出す子もいるくらいだ。


 もちろん、ちゃんと「彼はこおりさんの専属ですよ」と釘をさしておいた。


 こおりさんと犬飼さんの間に入る女性は私が排除しなければならない。


 私の使命だとさえ感じていた。



「おはよう、桜子」



 そんなことを考えていたらこおりさんから話しかけてくれた。

 一度レッスンルームに入ったのに外にいる私に気づいて出てきてくれたようだ。


 最近は事あるごとに関りを持とうとしてくれるのが嬉しい。

 一度なついたら甘々になるタイプなのでしょうか。


 元々ファンだったころからしたら夢みたいで最高です。


「おはようございます、こおりさん」


「……桜子、顔が赤いけど大丈夫?」


「大丈夫です! 私、元気だけが取り柄ですから!」


 でも心配してくれてうれしい。

 こおりさんは仲良くなったらこういうこと気にしてくれるタイプなんですね。


「そう、ならいいわ」


「はい!」


「…………」


 あれ。


 何かを言おうとして、唇を噛むこおりさん。

 小さすぎる顔についた小さい口が可愛らしい。


「こおりさん、何か言いにくいことでもあるんですか?」


 私がこおりさんの手を軽く握り聞いてみると、彼女はおそるおそるといった様子で口を開く。


「……桜子は聞いた?」


「何をですか?」


 いつもの強気な覇気が感じられない。

 どうしたんだろう。


「……さっき、そこで女の子たちが言ってたんだけど。竜太郎が()()()()()()()()って……」


「詳しく聞かせてください!!」



 なんですって。


 以前、犬飼さんがくるみさんとデートしてたのを目撃されたことがあった。


 あの時はデート自体は事実だった。

 だけど、犬飼さんから、くるみさんが嘘で告白してきてそれに騙されただけだったという話を聞いて、安心したのを覚えてる。


 ただそのあと、くるみさんと会って少し疑問に思った。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。


 犬飼さんの部屋でグラビアの練習をすると言ったら鬼の形相で着いてきたことを思い出す。



 その件はさておき、今回はどうだろう。


 犬飼さんが彼女と喧嘩していた、か────。


 それにしてもよく目撃される人だと思った。




 ────────────────────




 こおりさんと別れたあと、事務所に行き、犬飼さんに会った。


 そして、今────喫茶店で彼と対峙していた。


 こおりさんから託されたミッション。

 噂の真偽を確かめなければならない。


 私の「彼女はいるのか」という問いに「彼女は本当にいません」と答えてもらったあと、私は決死の思いで本命を切り出す。




「昨日、──駅で犬飼さんがとても綺麗な恋人と喧嘩していたという噂を聞いたんです……」




 しっかりと彼の目を見つめて伝える。

 反応を見逃すまいと顔を近づける。


 すると、犬飼さんのキリリとした顔が途端に緩んで、気が抜けたような表情になった。


「ああ、妹ですよ。妹のつぐみです」


「へ?」


 あーーーーー。妹、妹ですかーーー。


「これ、写真です。いやー綺麗だなんて、あいつも喜びます」


「わぁ可愛いです。女優さんみたいです」


 犬飼さんのスマホに写っていた妹さんは、本当に美人だった。


 隣にいる犬飼さんも写真に入っているんですが、いつもより朗らかな、安心感の伝わる笑顔で……。


 私は胸がきゅんとしてしまった。

 犬飼さんって……そうなんだー……。

 

 お兄ちゃんなんだー。


「お兄ちゃん……」


「はい?」


 わ。わ。わ、言っちゃった。


「ご、ごめんなさい! 私……家族がいなくて……お兄ちゃんが欲しかったんです……」


「そうですか」


 いきなり家庭の事情を話すなんて私なにやってんの。

 恥ずかしくて、俯いてしまった。


 こんなミス、仕事では絶対にしないのに。


「あの……」


 謝ろうと思って顔を上げたら、犬飼さんが隣に座ってきた。


「いいですよ。お兄ちゃんになります。俺、得意なんで」


「ええーーーーーーーー!!??」


「なんか、さっきから体調悪そうだと思ってたんですよね」


「え、え、え」


「疲れてるでしょ、毎日頑張ってるから」


 隣に座って微笑んでくる。

 その優しい顔が、私の理性を溶かしてくる。


()()


「ふぇっ!?………………お、おにいちゃん」


「いつもよくやってるな。えらいぞ」


 そう言って、私の頭を優しく撫でてくる。

 大きくてあったかい手が、その目が、お兄ちゃん……私……。


 彼のせいで支離滅裂になった思考が、私にとんでもない発言をさせた。



「どこかいきたい。()()()()()()()()()


「……ああ、いいぞ。今日は何でも聞いてやる」



 やったー。

 私はとろけ切った頭でやったーを脳内で繰り返していた。


 撫でられるたびに、何かの沼に落ちていく感覚だけがあった。





 ────────────────────





 <犬飼竜太郎>





 …………どういうこと!?


「えー、今の状況を整理する。場所は、都内のホテル。まぁ、普通の、一般の、ホテルだ。ちょっと良い値段がするが、俺がいても不自然ではない。問題は、俺だけじゃないってことだ」


「んにゅ……」


 目の前でもぞもぞとやわらかい塊が動く。


「おい。起きてくださいー。そろそろ起きろー……だめだ。そう、春出水(はるでみず)さんがここにいる。男の俺と、二人きりで。急に熱中症みたいな症状になって。病院は嫌だって言うから、仕方なく。……まだ、まだ大丈夫ではある。俺は所属事務所のアイドルと、ミーティング……苦しいかもしれないが、そういう仕事をしてると言い張れば、大丈夫かもしれない。まだ日は高いし俺はスーツだし」


 喋り続ける俺に、不満を表明するように目を閉じたまま眉間にしわを寄せるアイドル。


「ぃーゃッ。んーんぅ」


 そう言って、再び俺の太ももに顔をうずめる。



 ────そう、俺は今、フカフカのソファの上で、春出水(はるでみず)桜子に膝枕をしていた。



 どうしてもと言うので上からブランケットをかけてあげている。

 ソファに座る俺の上で丸くなる猫みたいだ。


 一体何がスイッチだったんだろう。


 ちょっとふざけてお兄ちゃんのフリをした時からだろうか。

 急にふにゃふにゃになって甘えん坊になってしまった。


 確かに身体を触ると熱いので熱発してる可能性は高い。

 とりあえず春出水(はるでみず)さんの持ち物にあった風邪薬は飲ませて、水分補給もしっかりさせた。


 しかし。風邪だとして、それだけでこんな状態になるか?


 俺が見てきた、めちゃくちゃ仕事ができる春出水(はるでみず)さんが────。


「おにいちゃんおにいちゃん……」


「どうした? 桜子」


「んふふ……」


 いや、付き合ってる俺が悪いのかこれ。

 妹というより幼児退行しているようにも感じた。


 芸能界の過酷な仕事で壊れてしまったのか。



 トントン



 ホテルの扉がノックされた。


「んー? おにいちゃんなんか頼んだぁ?」


 この期に及んで妹猫の彼女。


()()()()()、ちょっとどいてください。見てきますね」


「…………もう」


 不満そうな彼女。いや、可愛らしいけど、そんなにぶりぶりの可愛い顔は初めて見た気がする。

 本来はこっちが素なのだろうか。


 俺の中の委員長像がどんどんくずれていくのを感じた。



 ドンドン



 さきほどよりノックの音が大きいので少し早歩きで扉の前にいく。


 鍵を開ける────前に除き穴を見た。

 何か嫌な予感が────。




「竜太郎くーん。あーけーてー?」




 嘘だろ。


 なぜか、怖い目をした()()()()()()がそこにいた。











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