第22話 水着回ラブコメディ
<猫屋敷くるみ>
私達はさんざん竜太郎くんをいじり倒したあと、着替えるために彼を追い出した。
今日私は竜太郎くんに会うのは水族館デート以来だったから、最初は緊張した。
敬語だし、下の名前で呼んでくれないし、ちょっと悲しかったけど仕方ないよね。
「よし、じゃあ着替えよっか」
そして私がそう言うと、途端に空気が固まった。
「うん」「は、はい……」
氷ヶ峰さんはわりと平然としているが、桜子がかなり緊張してるのが分かった。
「桜子、緊張してるの?」
私が問いかけると、彼女が答える。
「し、しますよ。そもそも私、ビキニ着るのも初めてかもしれないです……」
「へぇ。意外。芸能界長いのに」
本当に意外だ。この子は可愛い顔して、何事にも物怖じしない強さを持っているので、そういう仕事も断らずにやってきたのかと思っていた。
「芸能界長いってどういうこと?」
氷ヶ峰さんが聞いてくる。
そうか、知らないのか。別に隠してるわけじゃないのだろうが、勝手に言ったのは良くないかもと思った。
「あ、ごめん桜子。みんな知ってるわけじゃないのに」
「いえ、大丈夫です。こおりさん、私は小さい頃から子役をやっていたのです」
そう言った桜子を氷ヶ峰さんがじっと見る。
「……子役。そうだったの……今気づいたけど、桜子って、似てるわ。私の親友に」
親友? 氷ヶ峰さんに親友が存在することに驚いた。
私と一緒でそんな相手がいないと思っていたのに。
「こおりお姉さま……私を親友にしてくださいまし……」
「桜子……おいで……」
なにやら変なモードに入りだした。
この二人は最近仲が良すぎると蒼樹坂でももっぱら噂になっている。
「そこ! 百合百合しない! 着替えるよ!」
竜太郎くんが待ちくたびれちゃうでしょ。
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「おお~~~~~」
私を含め、三人共、水着に着替えた。
正直、圧巻だと思った。
事務所でギャーギャー言いながらみんなで水着を選んだので、どんなのを着るかは知ってたけど……。
「……良いね。二人ともやばい。えろい」
私は素直な感想を口にした。
昨今の身体が隠れるような水着ではない。
存分に最高のプロポーションを惜しげもなくさらけ出している。
「なんかこれ、お尻見えすぎじゃない?」
そう言って身体を捻る氷ヶ峰さんは真っ白なビキニで、金色の刺繍がアクセントになっている。
縁がレース状になっていて、下着っぽさもあるのがえっちだ。
彼女は髪をボブにしてから首周りの華奢感が増していて、アンバランスな背徳感がある。
「な、なんか。ビキニってこんなに不安定なんですか……?」
桜子はそう言いながら胸を両腕で抱えている。
彼女のイメージ通りの淡い桃色の水着は、ロリっぽさが残る黒髪ポニテの彼女によく似合っていた。
それにしても胸でかいのにほっそいなー桜子。
「くるみちゃん、かっこいい」
そして氷ヶ峰さんが私にそう言ってくれる。
この子、最近イメージ変わってきたな。もっと冷たい子だと思ってたのに。
まぁいい。そう、私は真っ黒のザ・ビキニって感じのやつ、着てます。
金髪ロングに黒ビキニ、最高でしょ。
自分とみんなの水着を見て思う。
これ、三人セットで出たら売れるだろうな~。
本当はここまで布の面積が小さいのは蒼樹坂にいるうちは撮影で着ないんだろうけどね。
まぁ先にこれだけ大胆なやつ着とけば本番はどんなのが来ても大丈夫でしょう。
「それにしても……」
私、猫屋敷くるみが身長165㎝で、氷ヶ峰さんが160くらいかな。
桜子は150㎝くらいだろう。
だからみんなそれぞれ体格が違うんだけど。
みんなめちゃくちゃ色白で、そして。
「何となく想像してたけど……みんな、立派なモノもってるじゃない」
おもむろに自身の胸を寄せてみせる。
「私は中学の頃からずっと大きい」
堂々としてる氷ヶ峰さんと、
「げ、下品ですくるみさん……」
恥ずかしそうな桜子。
「これもいい機会だし、カップ数でも発表しましょうか」
「うん」「えぇ……」
別にいいわよって感じの氷ヶ峰さんと嫌そうな桜子。
実際アンダーも違うだろうし、ホルモンによって日々変わるし、ただの規格に過ぎないのに、男の子はこういうのが好きだ。
だから、少し大きな声で先陣を切る。
「私はね、Gカップ」
そして氷ヶ峰さんが続き。
「私も、G」
最後に桜子が。
「うぅ……私も最近Gカップになっちゃいました……」
バタバタと廊下で彼が転がる音が聞こえて、私は面白くて仕方なかった。
よし、最後の仕込みをして彼を呼び込みますか。
実は私もちょっと緊張してきていた。
どんな顔をしてくれるのか早く見たかった。
それにしても、この二人だけでこの練習会をさせなくて本当に良かった。
大きなアドバンテージを作られるところだった。
だって、こんなの男の子が見ちゃったら毎晩夢に出てくるでしょ。
私だって竜太郎くんの夢に出たい。
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<犬飼竜太郎>
「とんでもないことになってきたぞ…………」
俺は、手洗い場で頭から冷水を浴びながら、ひとり呟いた。
俺の興奮はピークに達していた。
この冷水が、冷水だけが、俺の理性を繋ぎとめてくれている。
「俺は、マネージャーだ……。社会人で、業界のプロだ。公私混同するな。自分の事務所のアイドルに興奮するなど、言語道断。許されない。ファンの顔を思い出せ。大丈夫、俺は氷ヶ峰で慣れてる。あいつの身体ははっきり言ってやばい。でも、いつも、冷静に、仕事してきた。自分を信じろ。ここは俺の家。リラックスリラックスリラックス……」
ぶつぶつ喋っていると、扉がガチャ、と開いた。
「竜太郎くんっ」「犬飼くん」「……犬飼さん」
呼ばれた。
深呼吸する。
俺は水を止め。髪をかき上げ、横に置いてあったカメラを持ち、ゆっくり部屋に入った。
「なんでオールバックなの?」
「目、目つむってるっ ウケるッ」
「き、気をつけてください」
俺は……きつく目を閉じながら、勝手知ったる自分の部屋に入った。
そして、手探りで床を進み、座椅子に座った。
ふぅ。
「よし、始めますか」
とりあえずカメラを構えてみる。
目を閉じてるのでもちろん何も見えない。
「いやいやいや」
「犬飼くん、何をしてるの」
猫屋敷さんと氷ヶ峰からツッコミが入った。
「犬飼さん、まだ大丈夫ですので目を開けてください」
まぁ、春出水さんが言うなら……。
意を決して、ゆっくり目を開けた。
すると。
座椅子に座る俺の目の前に、カーペットの上で膝立ちの三人がいた。
そして、みんな薄手のパーカー?みたいな、ラッシュガードとか言うのかな、そういう服を着ていた。
「なーんだ……」
水着じゃないじゃん。騙されたわーと言おうとした瞬間、
「せーのっ!」
左にいた猫屋敷さんがそう言って、
ジー。
ジー。
ジー。
三人が、一斉にラッシュガードのジッパーを下ろした。
ぶるん。
ぶるるん。
ばるるん。
目の前に、黒と、白と、桃色の布をまとった、大きすぎる果実が。
「どうだ!」
そう言う猫屋敷さんは口調とは裏腹に顔は真っ赤だし、氷ヶ峰も珍しく恥ずかしそうで、春出水さんは涙目になっていて。
「くらえ!」
三人がさらにぎゅっと身体をくっつけてたわわなボールが六個押し合ってるなと思った瞬間。
俺は鼻血を吹いて、仰向けに倒れた────────────
────────────かに思えた。
「負けねーよ」
俺は、後ろに倒れる直前、腹筋で身体を戻し、親指で勢いよく鼻血を拭いていた。
そして立ち上がり、どこか慄いたような顔の三人を見下ろしながら言う。
「────やりますよ、撮影の、リハーサルを」
俺は────興奮の臨界点を────突破していた。
人間、興奮の限界を超えると、エロく感じないんだな。
俺にはこの三人が、アートに見えていた。
みな、美しい。
犬飼・プロ・カメラマンの降臨だ。
「いくぜ」
そこからの俺は、カメラを使って、あらゆる写真を撮った。
冷静に、ファンが求めるであろう写真を。
アイドルの三人が、これ以上恥ずかしい状態はないだろうと思えるポーズを。
指がつるほどシャッターを切り、発破をかけ、情熱を注いだ。
スイッチの入った俺につられたのか、三人も一種のトランス状態に陥り、全員汗をかきながら、芸術を創り上げていった。
一時間ほど撮り続けただろうか。
最後に三人での水着組体操シーンを撮り終わった後、ひと段落ついていた。
激しい劇場公演直後のような様相を見せる三人。
そこにはただ、達成感と満足感があった。
これで、この三人は、どこに出しても恥ずかしくないグラビアアイドルになった。
ふと、ベッドとカーペットに仰向けに横たわる三人を見ていると、全員の水着がズレて、胸の頂上部分になにかが見えてることに気づいた。
ふむ。
ピンクの丸だったり、黄色の星だったり、赤いハートだったりした。
「あ、やば。ふざけてえっちなニプレス付けたの忘れてた」
猫屋敷さんが何かを言った気がしたがよく聞こえなかった。
一番近くにいる、目を閉じて浅く息をする氷ヶ峰の胸を眺める。
なぜかその赤いハートに魅入られた俺は、押してみた。
俺はボタンがあったら押してしまうタイプだ。
「……ぁんっ」
氷ヶ峰がそう言って真っ赤な顔でこっちを睨む。
それでも赤いハートをじっと見続けていると、
少しづつ、ぐぐぐとハートの表面が盛り上がってきたのが分かって……
「えっち」
氷ヶ峰にそう言われた瞬間、トランス状態だった俺はただの童貞竜太郎に戻り、あらためてベッドに転がるあられもない三人を直視した瞬間、
ふたたび大量の鼻血を出して、今度は完全に気絶した。




